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アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

温もりのある"血が通った"ドラえもんの面白さ 「STAND BY ME ドラえもん」 感想

映画

この記事は

「STAND BY ME ドラえもん」の感想記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

小学年高学年になったら自然と見なくなってしまった「ドラえもん」。
子供の頃は楽しんで見れていたのに、どうしてか面白く感じれなくなり離れてしまいました。
卒業。
僕と同じような経験をした大人の方に見て欲しい映画というのが、僕の感想です。

感想

フル3DCGで再現されたドラえもんの世界。
キャラクター造詣にやや違和を覚えたものの(特にキャラクターの口)、銀幕いっぱいに広がるセカイはまさに子供の頃楽しんでいた世界そのものが広がっていたように感じたんです。
どこか懐かしい町並みを元気いっぱいに駆け回るお馴染みのキャラクター達。

どうも3DCGとの相性が良かったのかなと思う。
個人的には3DCGって馴染みが薄いというか、手書きの"温かさ"にはどうしたって及ばないという認識が有ります。
でも技術はどんどん進歩してるんですよね。
「シュガー・ラッシュ」の時も感じたんですけれど、"丸っこさ"を作れるようになってるのが大きい気がするんです。

「CGといえばポリゴン」という時代を知ってるからかな。
カクカクしたキャラクターからは、どうしても温かみが感じられないんですよ。
(現実の)人と掛け離れたその容姿からは、血が流れて肌が熱を帯びているようには見えない。
機械的な冷たさしか感じられず、故に毛嫌いしていました。
そんな流れからフルCGアニメも好きじゃ無かったんですよね…。

最近(といっても何年も前からなんでしょうけれど)のCGは違いますね〜。
丸いんですよ。
人の丸い部分がちゃんと丸くなっていて、肌もモチモチっとした柔らかさを持っているようにも見える。
のび太達人間にはちゃんとした血が通っているように思えるんです。

そんで、ドラえもんですよ。
丸みの権化みたいなそのフォルムは、しっかりと再現され、2Dアニメよりも立体感が有る分、より身近に・現実感を帯びている。
よりリアリティを持ったドラえもんが泣いて笑って、空を飛んでいる。

物語は、実に見事に「長編」として再編集されていました。
独立した短編作品をただ単純に並べたのではなく、「ドラえもん」初期のストーリーがしっかりと根付いたものでした。
何故ドラえもんはのび太の元に来る事になったのか。
出逢いから、目的。
そして別れまで。
寄り道せずにまっすぐに。
1本の愛と笑いと涙の物語になっていたんです。
けれど、「中身」は本当にお馴染みの物。
「ドラえもん」を見て育った人であれば、誰もが知ってるであろうお話ばかりなので、そういう意味では「新鮮味」はありません。
驚きの展開だとか、どんでん返しとか。オリジナルの展開とか。
お話そのものにそういう要素を求めると肩透かしを食らうかもしれませんけれど、しかしながら安心感があるんです。
「ドラえもん」見てる感が存分に味わえる訳です。
子供の頃から馴染んでいた物語がそこにはあり、しかし、「つまらなくない」んですよ。
面白いんです。
不思議な事に。

「ドラえもん」を卒業したはずなのに、その時と全く同じお話を見て、面白いと感じるんです。
ドラえもんがのび太君の元に帰って来た時にうるっと涙腺が緩むんです。
「ドラえもんが帰ってくると分かっている・知っているのに感動できる」のです。

それもこれもドラえもんに、嘗てない程の親しみが湧けたからなのかなと。
現実に隣に居ても不思議ではないと思える程に、CGで再現されたドラえもんには"血が通って"いました。
キャラクターに親しみが湧くほど、作品を面白く感じれるというのが僕の持論なんですけれども、それを体現したような作品でありましたね。

終わりに

こう改めて「ドラえもん」を見ると、色々とツッコみたい部分って出てくるものですね。
特にセワシ君とかセワシ君とか。

のび太の結婚相手が変わるって事は、セワシ君自体存在しなくなると思われるんですけれども…。
新しい未来が枝分かれするんだろうか?
過去改変という事で時空犯罪にならないんだろうかとか、セワシ君は自殺したいんだろうかとか超絶下らない事を考えながら冒頭見てしまいましたw

のび太が初めてタケコプターで空を飛びまわるシーンの疾走感(多少酔いそうにはなったもののw)から作品にグイグイ引っ張られて、しずかパパの名言のシーンにはすっかりそんな事も忘れて、のめり込んでましたけれども。

ENDのNG集に嫌悪感を示す方もいらっしゃるかもですけれど、そこ含めてのび太達が「生きてるんだ」という感覚で見て貰いたいかな。