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アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

「映画ドラえもん 新・のび太の大魔境〜ペコと5人の探検隊〜」 感想

映画

この記事は

「映画ドラえもん 新・のび太の大魔境〜ペコと5人の探検隊〜」の感想記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

2年連続で「劇ドラ」鑑賞して参りました。
今年は第3作目「のび太の大魔境」のリメイク。
結論から言えば無茶苦茶面白かった。
毎年毎年興行収入稼ぐ訳ですよ。

僕なりの感想を。

進行役・ジャイアンの物語

僕の中でも上位に入ってくる「大魔境」。
この作品には「子供の夢」がパンパンに詰まっているから大好きなんです。

男の子なら一度くらい誰だって「夏休みの大冒険」をしたいなんて夢見るんじゃないかな。
かくいう僕はそうでした。
子供の頃に思い描く夏休みのイベントと言えば「冒険」な訳ですよ。
長い長い休みを利用して、普段は出来ない大冒険へと想いを馳せるんですが、現実はそんな都合よく出来てません。
せいぜいが1泊くらいの旅行止まり。整備された観光地に行くのが精一杯でとても冒険とは呼べなかったりします。
「誰も踏み込んだ事の無い秘境への冒険」なんていうのは空想上のお話だとそうそうに教えられるんですが、しかし、この物語はそんな夢物語をアニメの中の出来事とはいえ見せてくれたんです。

アフリカのサバンナ。
ヘビースモーカーズフォレストと呼ばれる未知の森に謎の遺跡を見つけたことから動き出す物語。
スネ夫とジャイアンの思い付きから始まった小さな好奇心は、のび太の冒険心もくすぐり、大きな潮流となって怒涛の如く大冒険へと少年達を突き動かしていく。

もう導入部からワクワクの連続で、少年の夢をくすぐりまくってくる。
ただ「冒険」するには、ドラえもんはあまりにも便利過ぎる存在です。
序盤でも散々描かれていましたが、ドラちゃんのひみつ道具は、基本「何でもアリ」だから、どんなトラブルもハプニングも軽々とクリアしてしまう。
ドア一枚隔てて簡単に我が家に帰れるのも、雰囲気ぶち壊しですよね。

この点、ジャイアンや近所のオジサン(原作ではオバサンも)を上手い事立ち回らせて解決していました。
ジャイアンがドラちゃんの便利道具一式を没収して、空き地に置いておかせる。
続いて、「帰り道」であるどこでもドアをオジサンが壊して使えなくしてしまう。
退路を断たれ、便利道具を没収され、いよいよ自分達の力だけで過酷な冒険に挑まなければならないシチュエーションを上手に作っている。

しかもです、これが伏線になってるから「大長編ドラえもん」は凄い。
後に出てくる「10人の外国人の伝説」なんて鳥肌ものですよ。
一見窮地を打開出来そうもない類のひみつ道具を使って、形勢を逆転してみせる。
便利グッズを置いてきたからこその展開だし、ドラえもんならではの展開で、大いに盛り上がりました。

話しは戻し、ジャイアンの立ち回らせ方もお気に入り。
先程の道具の件ですが、ジャイアンがドラちゃんの道具を没収するまでの経緯が綺麗なんですよね。
納得しちゃうんですよ。ジャイアンの考えに共感しちゃう。

一度目の冒険で、ひみつ道具が散々雰囲気をぶち壊してしまう事を描き、更には、ジャイアンを野生動物に次々に襲わせる事でひみつ道具の利便性・力をも描いていく。
野生動物なんて赤子の手を捻るかのごとく、かる〜くあしらえちゃうんですからね。
ドラえもんの道具があると冒険が冒険にならないと、僕等もこの一連のシーンで痛感させられるんです。
また、今回の冒険、実を言えば「ドラえもんの道具さえあれば簡単に解決できる」事も示唆出来ている。
終盤で簡単に大逆転できたのは、ダブランダー達の兵力がひみつ道具以下であることを如実に物語っていました。
「10人の外国人」の伏線を活かす意味合いでも、終盤までドラ達をピンチに見せる為にも、そして冒険をする為にも、ドラえもんのひみつ道具は没収しなければならない理由があった。
ジャイアンにこれを語らせる事で、上手にドラえもんから道具を没収出来ていて、色々な意味で綺麗だなと。

さらには、これをジャイアンの「ミス」にもしちゃう。
道具の没収、ボートの沈没、村から追い出された事。
1つ1つはどれも小さなミス。(ボートの件は、割と大きい過失でしたがw)
だから誰も彼を責める事はありませんでした。
冒険なんですから、小学生ですから。仕方ない事と割り切れる範囲の事ですからね。
しかし、いくつも積み重ねる事で、ジャイアン自身に責任を感じさせ、終盤に勇気ある行動を取らせる。

のび太とペコの友情をもとに、のび太を動かす事も出来たでしょうけれど、話しの流れ的には綺麗じゃなくなります。
ここはジャイアンに「責任を果たす」という行動を取らせる事で、物語全体が淀みなく流れていたかなと。
ジャイアンに焦点を当てて振り返る事で、彼の心情と物語の展開が全てカチッと嵌るんですよね。

のび太とペコの友情物語としての側面は勿論あるんですが、こうしてジャイアンを見ていくと、彼の今作に於ける役割の大きさと重要度も見えてくる気がします。
冒険はガキ大将としての本領を発揮する場なのかもしれません。

主人公・のび太の見せ場の演出

些細な事ですが、原作とこのリメイク版では、のび太の見せ方に違いがあるんですね。
一度目の冒険時に、早々に飽きたのび太が言います。
「もう10キロ位歩いたんじゃない?」と。
これにしずかちゃんが応えるんですが、原作とリメイク版では少々違ってました。
原作は「まだ3キロも歩いてないわよ」。
リメイクでは「まだ5キロも歩いてないわよ」。
たったの2キロ。些細な点。
でも、この些細な点に「のび太の見せ方の違い」が出ているような気がしました。

中盤のクライマックス。
のび太とペコが語り合うシーンは、原作には無かったシーンです。
「王としてやっていけるのか」と不安な胸中を語るペコを勇気づけるのび太。
1度だけ100点を取った事を。
1度だけホームランを打った事を。
数少ない自慢話を語ったのは、彼が自分を冷静に見れている証拠。
「こんなダメな僕でも、100点を取れる事もあれば、ホームランだって打てる。だからペコは大丈夫。頑張れ」
のび太少年が精いっぱい友達を励ますシーンで、彼の優しさが出ているナイスな場面でした。

終盤でのサベール隊長との一騎打ち。
実はこのサベール隊長も原作より「出来る犬」になってました。
チッポが走らせていた荷馬車をサベールが呼び止めて、中を検めていましたけれど、ここもリメイク版オリジナルシーン。
原作には無かったんです。
結果的にはペコとドラえもんの知恵の方が勝ってはいましたが、怪しい臭いをかぎ取ったサベールは、原作以上に見せ場がありました。
見せ場と言えば、ペコを追いつめ崖下に落としたのもサベールになってました。
原作ではペコがクンタックを抜け出た経緯が「棺桶に入れられ、生き埋めされる際アクシデントで棺桶ごと川に落下」となっていて、サベールは無関係でしたからね。

そんな原作以上に「強敵」になっていたサベールとの対決。
“電光丸”に頼らずに勝ちを収めるという大金星を挙げていました。
原作では、“電光丸”の力で勝つんですが、リメイク版では“電光丸”は電池切れ。
巨神像が動き出す衝撃という偶然には助けられてましたが、紛れも無くのび太の勇気が呼び込んだ勝利。
原作以上の強敵に原作とは異なり自分の力で勝つんです。


こうして3つの違いの積み重ねで見えるのは、「のび太の主人公としての成長」でしょうか。
原作と比較して
少しだけ体力をつけていて、
友人を励ます優しさを見せ、
強敵に怖気づかず立ち向かう勇気を示す―。

良い改変だな〜って。
全体の進行役はジャイアンが担当して、要所要所では主人公らしく活躍する。
ただでさえ素晴らしい原作をより引き締めていた改変だったと思います。

ヘビースモーカーズフォレスト

この作品の…というか、「劇場版ドラえもん」の巧みなトコは舞台設定ですね。
夢とロマンに溢れていて、そのいくつかは「実際にあるかもしれない」と思える説得力がある点。
現在の地球を舞台にしている今作は、この点が結構重要かなと思ってます。

「絶対無い」と断言できちゃうと物語に入り込めない。
かといって「実存する場所」でも今度はフィクション部分が嘘っぽくなってしまうのでダメ。
程良いフィクション感が大事。
と勝手に考えてます。

ヘビースモーカーズフォレストっていうのは、その点巧みだな〜って。
アフリカになら有りそうだし、出木杉くんの説明がしっかりしてるから本当にあるんではと思えても来る。
21世紀の今になっても未だに「新種の動植物」が見つかったりもしますし、こういう「まだ誰も知らない秘境」があってもオカシクナイというのも、現実味を増している。
「常に雲に覆われている」というのもギアナ高地を連想し、「有り得るかも」となる。

まあ、無いんですけれども…。
参考:「ヘビースモーカーズフォレストの謎」 法華狼の日記さん
(リンクし忘れてました。)

根底にあるこの設定に一定の説得力というか…。
「あるかも」と思えた点で、もう僕はこの作品の大冒険に入り込めちゃいました。

終わりに

リメイクとはいえもっと大幅に原作を弄ってくるんではと想像していたんですが、意外な程原作準拠でした。
それでいて、しっかりとオリジナリティを入れて、より作品として高められていて。
「映画ドラえもん」の緻密なプロット、感動のドラマ。
そして、映画ならではの迫力ある映像。
全てを堪能できる一作でありました。