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「機動戦士ガンダムAGE」 フリット編の意味を考える

この記事は

「機動戦士ガンダムAGE」に関する考察記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

フリット編はただの復讐譚

この一言に集約されると思っております。
全15話かけて描かれた「最初の時代」はディーヴァもUEもやっている事はただの復讐でした。
フリット含め誰もが誰かの仇を取る為に動いて居た為、正直面白いとは言えないストーリーでした。

復讐とはやはり醜いものです。
見ていても良い気分がしません。身内を・知り合いを誰かに斃されたら、その相手を憎く思う気持ちも分からなくありません。
僕自身幸いにもそういった経験が無い為、しっかりと理解出来る心情では無いと思っていますが、それでも想像は出来ます。
感情として表面的であれ理解出来るにせよ、それを一つの作品の主題として見せられてもやはり面白く感じないのです。
少なくとも僕はそうです。

何故こうなったのか。
15話まで見終わって考えを巡らせてみました。
そして僕なりの見解が固まりましたので、ここに形として残してみようと思います。

現実の争いの根本もやはり復讐なのではないかという事

全ての争いごと…今作では戦争に焦点を絞った方が良いと思いますので、現実の戦争の原因。
これらの全ての原因が復讐だ何てことは思っても居ません。
が、少なからずこの感情が原因の戦争も実際にあった事でしょう。

小さな火種が徐々に大きくなっていき、次第に国家間に跨る巨大な争いへと発展してしまう。
近代では少ないかもしれませんが、まだまだ国際社会が(現代よりももっと)未成熟だった頃には、復讐が元の戦争も少なくは無かったのではと考えます。

何を言いたいのかと申しますと、戦争の一つの原因として復讐というものは十分に有りえる事では無いかという事です。
今作で描かれている100年戦争の本当の始まりは、フリットがエミリーの復讐心に駆られた時だったのではないでしょうか。

復讐は正義感か否か

正義と一口に言っても様々です。
人、立場、思想などによって種々様々な正義感がこの世には溢れ返っております。
その中で復讐というものは正義に含まれるのでしょうか。

例えば、分かりやすい正義の味方について考えてみます。
親しい友人が悪の手にかかり、その悪を倒す為に立ち上がる主人公。
こんなベタベタな設定の作品は多く存在していると思いますが、これらの作品の主人公は普通に正義のヒーローとして描かれると思います。
友人の仇を取る為に立ちあがった事は復讐心と呼べるものですよね。

こうなると復讐は正義の一つになると言えるのかもしれません。
しかし、だからと言ってこれだけを描かれるとヒーローの前に「ダーク」なんて単語が付随されるのが常です。
やはり世間一般的に見ても復讐が美徳として描かれる事は少ないのではないでしょうか。
最も有名な復讐を扱った「作品」は「忠臣蔵」かと思いますが、あれにも様々な解釈があり、復讐を美徳としない解釈もあるくらいですし。(史実ですので「作品」と書くには抵抗がありますが)

先程の例にも挙げたような復讐から始まった物語も大半は徐々に自らの復讐心を捨て、「人々を守る」や「地球を守る」なんていう分かりやすくも自己犠牲的な正義感にシフトしていきます。

となると、この作品もこれで終わる訳が無いというのが僕の結論です。
今作のメインターゲット層がこれまでシリーズを支えてきた人々では無く、今作からシリーズに触れるような低年齢の子供達であると言われているからです。

戦争とはいえ、それは人が起こすものです。そこにもやはり正義感というものはあり、この価値観の相違から人は争いを続けるものだと考えます。
「ガンダム」というのはその戦争を描いた作品であると信じておりますし、きっと今作もその定義に収まるものと思っています。
また、戦争を美化・賛歌するのではなく、それを悲しい空虚なものとして描く必要があるとも思っております。

15話も使って描いた復讐心が実は非常に愚かであったとフリットが自覚する時、この作品は戦争を描いたという事になると考えます。

3世代に渡って戦争と向き合う人々を描いている今作。
16話から第2世代の物語へ移行し、フリットも39歳になりました。
しかし、未だにUE(ヴェイガン)を憎む心は変わっていないようです。

年齢から考えてもフリットは第3世代の時代まで生き残る事でしょう。
彼が人生の大半を終え、終わりを迎えるころに、ようやく自らの過ちに気付くのかもしれません。
そして、自分の人生の大半を費やした戦争自体に空しさを感じ、愚かな事をしてきたと自覚する。

主人公は世代と共に移り変わっていくのかもしれませんが、今作全体の主役はやはりフリットのままなのでしょうね。
ナレーションを担当している井上和彦氏が成年のフリット役をされているというのも、そう感じる理由だったりします(笑)
彼の物語が単純な復讐譚として終わったのも、最終的に戦争の空しさを描くためには必要な事だったのだと思うのですが如何でしょうか。

僕を含め、今作はもっと長い目で見る必要があるのではないかなと最近思うようになりました。