アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

「週刊少年サンデー」は何故凋落したのか。

この記事は

「サンデー」頑張れと言う応援のつもりの記事です。

何故「サンデー」ばかり「売れない」と思われているのか

雑誌が売れない。
この傾向は数年前から見られ、雑誌全般に於いて大きく部数を落としているのが現状である。
然しながら、こと「週刊少年漫画誌」に目を向けると、「週刊少年サンデー」の凋落が顕著に思えてくる。

「週刊少年マガジン」も最盛期から見れば、その部数を半減させ今や100万部を切ってしまった。
嘗ての(部数上に於ける)ライバル関係にあった「週刊少年ジャンプ」と大きく溝を開けられてしまったのは言うまでもなく、同じように扱うべきなのかもしれない。
ただそれ以上に数字の魔力は力を以ており、33万部という数字はインパクトがデカく、『「週刊少年サンデー」1人負け』というイメージが先行している。
(部数を公表していない「週刊少年チャンピオン」は、「発行部数」という観点からは論じる事が出来ない為除外する)
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では、何故「週刊少年サンデー」はここまで大きく部数を落としてしまったのであろうか?
そこについて考察する事とする。

世代交代が出来なかった「サンデー」

個人的に最大の要因が「世代交代」にあるとみている。
「サンデー」ほど、嘗ての大人気作家におんぶにだっこの姿勢を貫いている雑誌もそうそう無い。

あだち充先生、高橋留美子先生といえば、「サンデー黄金期」を支えた大ベテランにして、大いなる貢献者である。
この2枚看板に加え、青山剛昌先生、椎名高志先生、西森博之先生、藤田和日郎先生、満田拓也先生など、やはり黄金期を支えた作家を長らく起用し続けている。
「ゲッサン」創刊以降、あだち先生が抜けたものの、上で挙げた作家が未だに「サンデー」で連載枠を取っている様は、やはり「世代交代が進んでいない」という現状を浮き彫りにしている。

「少年漫画」とは、若い作家にしか描けないものであるという考えが、業界にはあるように思われる。
読者と近しい感性を持つ瑞々しさを大事にし、ある程度の年齢を重ねると、青年誌らに主戦場を移す傾向が強い。

これを実践しているのが「週刊少年ジャンプ」である。
今や冨樫義博先生と鳥山明先生が「特別枠」として数年に1回短期集中連載を持つ位で、嘗て誌面をにぎわせた作家は揃って青年誌など他誌に主戦場を移している。

「マガジン」はやや多く、森川ジョージ先生、さとうふみや先生、真島ヒロ先生と残っているが、事情がやや異なる。
連載作品の超長期化が残っている理由で合って、もしかすると、この辺りに「マガジン」の部数減少の理由が隠されているのかもしれないが、本稿では扱わない。


作品を入れ替えているにも関わらず、作家が入れ替わっていないのは、「サンデー」の特徴と云わざるを得ない。
失礼ではあるが、作家の感性と今の若者の感性に大きな齟齬が見られ、結果として「売れない」となっているのかもしれない。


先達を大切にするというのは、非常に好感が持てる部分ではある。
しかし、それは「売れたコンテンツに固執する今の漫画界」に似た危うさを感じるのだ。

「スピンオフ戦略」の危うさ

近年の漫画界の傾向として、売れたコンテンツに固執している点が挙げられる。
所謂「スピンオフ戦略」である。


「進撃の巨人」、「七つの大罪」、「ONE PIECE」、「DRAGON BALL」、「NARUTO」、「暗殺教室」等々。
爆発的に売れたコンテンツのスピンオフを次々と出しているのが、最近の「ジャンプ」と「マガジン」である。
一番多いのが「ギャグ漫画化」であろうか。
原作者とは違う作家を据えて、ギャグ漫画としてパロディーを「公式」で発表している。


恐らく出版不況がこういった状況を生んでいるのであろうが、個人的にはこれは「らしくない」と見ている。
特に「ジャンプ」に関しては。


若い作家の感性を大切にし、次々と新たな作家を起用してきた「ジャンプ」。
本誌では未だにそうしているものの、しかし、古きコンテンツには頼らないのも特徴だったはずだ。

それが今や「DRAGON BALL」を筆頭に、売れたコンテンツに頼った商法をウリの1つにしてしまっている。
「BORUTO」の連載も同様であり、これは宜しくないと感じている。
1つの作品を切り売りすると、読者の「飽き」を助長しかねないからだ。

同じ作品を切り口を変え、作家を変えてみせても、読者は同じものとして捉える。
同じものをいくつも見せられれば、自然と飽きが来るのも早い。
「またか」と思わせるのが危険なのだ。

新しい作家・新しい漫画で常に新鮮さを保つことが、結果として雑誌を生き延びさせると信じている。
「またか」と思わせる戦略は、危ういと思うのだ。

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「週刊少年ジャンプ」連載「BORUTO-ボルト-」。
作家を変えてはいるが「まだやってるんだ」と思わせるには十分である。

まとめ

この「またか」が「サンデー」にはあるのではないか。
作品を変えても、どうしても作家が同じであれば似通った内容の漫画が出来てしまう。

「またこの漫画家の作品か」。
そう思わせてしまっている事が「サンデー」凋落の最大要因なのではないか。

「コナン」ファンであり、ずっと読み続けていきたいというのが僕の本音ではある。
然し、「コナン」も含め、作家の入れ替えを断行しない限りは、「サンデー」の凋落は止まらないような気がしてならない。



末筆ながら、僕は「サンデー」には廃刊・休刊して欲しくは無いと思っております。
なんとか現状を打破し、生き残って欲しい。
そういう想いからこの考察を残します。
頑張れ「サンデー」。