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アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

「仮面ライダー1号」 感想 憧れから身近な存在への転換が本郷猛を変える

映画

この記事は

特撮映画「仮面ライダー1号」の感想記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

書こうかどうか迷ったのですが、折角鑑賞したので。
端的にいえば僕の感性には合わなかったので、「面白かった」という思いを共有したくて感想を求めて来てくださった方のご期待には添えません。
ご了承下さい。

本郷猛ではなかった

本郷猛というキャラクターをどう捉えているのかでこの映画の評価は変わってくるんじゃないかな。
僕の中の本郷猛と今作の本郷像には大きく隔離があって、その違和感を拭いきれないまま終わってしまったのです。

主演の藤岡さんが語っていたように、今回の本郷は
本郷猛=藤岡弘、
であって、
本郷猛=本郷猛
では無かった。
更に言えば往時の本郷猛に感じていたヒーロー像と現代のヒーロー像の違いが違和感の根本的な原因なのかもしれません。


オリジナルの「仮面ライダー」に出てくる本郷は、「人で無くなった悲哀」を背負った孤独の戦士という印象を持っております。
仲間は作るけれど、どこか独りであり続ける存在。
生活感の無い孤高の存在としてあり続けている。

私生活が見えないんですよね。
どういう食事をして、プライベートはどう過ごしているのか。
例え作中に描写があっても、印象に残らない。
ベールに包まれている。
それ故に憧れの存在であり続けている。


今作の本郷は、そんな「憧れ」という遠い存在とは真逆。
身近で親近感を覚えるような存在。
食事をしたり、女性と遊んだり。
生活感出まくっていました。
本郷猛という個人にスポットを当てていたせいもあるのでしょうが、やたらと「人間くさい」印象が強く残ったんです。


最後までこの差を埋めることが出来ませんでした。
うまいこと処理出来なかったんですよね。
結果として、ライダー1号のスーツの違いから、今回の本郷猛は「仮面ライダー」の本郷とは別人だとして感情を落とし込みました。

スーツ造形的にも完成している物に無理やり手を入れられている感を強く覚えて…って、ライダー映画の感想では毎度毎度同じ文句ばかり書いちゃってますね…。

頭固いな〜と自分でも思うんですけどね。
どうしても思い入れが強すぎて、手を加えられるとついつい反発してしまう。
本音でいえば今の東映には、昭和ライダーに触って欲しくないんです。
見に行っといて最悪の台詞からも知れませんが、やはり今回もそう強く感じてしまいました。

終わりに

仮面ライダーゴースト」のエピソードの1つとして解釈すると、「ゴースト」ファンにとってはとても面白い映画だったと思います。
本郷の宿題の答えと「ゴースト」のテーマが上手いことリンクしており、活躍度から見てもゴースト主役と看做しても問題ありませんでしたしね。
本郷はゲストとして見たほうが個人的にはシックリきました。

なので、「ゴースト」ファンには薦められますが、本郷猛に僕と同じイメージを抱いている方には薦めにくい映画でした。