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アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

「続・劇場版 Wake Up Girls!-青春の影-」 感想

映画

この記事は

「続・劇場版 Wake Up Girls!-青春の影-」の記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

「続・劇場版 Wake Up Girls!-青春の影-」をやっと見て来ました。
とっくにBDも予約してるんですけれど、「早く見たい」「劇場で見たい」ってな訳で。
入場者特典の複製原画を貰えなかったのは残念でしたが、期待以上の出来に大満足な60分でした。

後編公開まで待てないよ。
感想です。

3つ(2つ)のアイドル感

単純に時間の問題だったのでしょうかね。
TVシリーズまでと比べ、作画面のクオリティが段違い(笑

それは置いといて、後編への引きが強い出来でしたね。
「WUGらしさとは何か」。
その答えが後編でどのような形で描かれるのか。楽しみであります。
その前に僕なりの「WUGらしさ」を書いてみます。
この作品の求めるアイドル像は、山本監督のアイドル観なのでしょうかね。
分かりませんが、そうだとして考えを纏めてみます。

山本監督の考える「アイドル」は、「I-1クラブ」…っていうのは、別の記事でも書いた気がしないでも無い…。
アイドルは職業であり、売る為の存在であり、作られた存在である。
みたいな。
そのような考えをお持ちなのでしょう。
もっと具体的に言えば、白木がこのような考えの権化として作中では君臨しております。
(彼もまた会社のコマでしかないような描写がありましたが)

本作は、WUGを通して、このようなアイドル観の否定に入っていると考えます。
こうした考えを持たせたキャラが、早坂相なのでしょう。

また、丹下社長が元アイドルだったという衝撃の事実が発覚しました(笑
しかも、どうも白木の下で活動していたようですね。
この設定は必要だったんだろうかとも思ってしまったのですが、然しながら納得してしまいました。
なるほどなと。

ではでは。
異なるアイドル観を持った3人を軸に、この映画を僕なりに纏めてみます。
尚、基本的には、以下の記事と同じ結論に達しています。

白木のアイドル観

あくまでも商業主義である。
会社の利益を第一とし、「売れる為のアイドル」を目指している"今の"白木。
白木の方針は、今作に於ける「都会のアイドル観」でもありますね。

CDの売上がミリオンを割ったというだけで憤慨し、センターの入れ替えを画策します。
そこにはおよそ情という物を介在させずに、どうすれば売れるのか、その一点だけに特化したプロデュースを今回も披露していました。

あくまでも彼がこの物語の敵役なのかといえば、そうじゃないかもしれない可能性を臭わせていましたね。
社長…なのかな???
クレジットで確認できませんでしたので(見逃してしまった…)良く分かりませんが、白木のバックには、白木を使う人間が存在。

その上で、丹下社長に面白いことを言っていました。
仲違いだかで空中分解して自然消滅した丹下社長が属していたアイドルグループ。
WUGにはそれと同じ轍は踏ませないようにと忠告。

実際には白木自身、今の方針には否定的な持論を持っているのかもしれませんね。
自身が課した次期センター争いが、白木の本音を曝け出してくれるのかもなと期待しています。

丹下のアイドル観

3話で実波がライブに遅刻してしまうという"事件"が起こります。
お婆ちゃんの入院に駆けつけ、ライブよりも大事なお婆ちゃんを選択してしまう実波。

上でリンクを張った記事でも触れましたけれど、通常このような行為はプロとして失格の烙印を押されてしまうでしょう。
心情的には実波の行動を支持したいですし、仕事か家族かと問われば、迷うことなく家族を取ります。
しかし、そのような考えは「甘い」と見做され、プロの世界では通用しないのが常なのかなと。
少なくとも白木の下ではその場でクビを宣告されているでしょうね。

だけれど、丹下は実波のこの行動を容認しています。
その上で残ったメンバーに実波の穴を埋めるよう鼓舞。
実波の考え・行動を肯定していました。

寛容という訳では無いですよね。
どちらかといえば社長はWUGを突き放していますから。
何事も彼女達に委ねています。(ただ、大事な局面ではしっかりと守っていますが)
だから、この場面でもメンバーに実波の処断を委ねていてもおかしくありませんでした。
それはせずに、自身の考えを伝えて、実波を守っていた。

社長が元アイドルであり、自身が苦い経験をしていたとなれば、「プロ失格」の行動を取った実波を守ったのも筋が通るんですよね。
若しかしたら、実波の行動を咎めるメンバーが出たかもしれません。
この頃はまだまだ仲間意識が薄く、言いたい事も言い合えない程度の関係性でしかありませんでしたから余計に。
それを事前に防いだのだとしたら…。
「実波を守った」のは、「彼女の件でグループ内に亀裂が入る事を防いだ」とも取れますし、それは「自分達と同じ過ちを繰り返させたくない」からとも考えられます。

今回改めて白木に忠告という形で言葉を貰い、丹下もまた「都会のアイドル観」を否定したアイドルを育てる意志を持っているんだなと改めて感じました。

早坂のアイドル観

彼は幾度となくWUGを「おイモちゃん」等とイモに例えていますが、これは一般的な使われ方とは少々異なると思うのです。
一般的には「田舎者」など疎んじる意味合いを込めて使われます。
「Dr.SLUMP」の皿田きのこの口癖だったりしますよね。「イモね」って。
最近では使われて無いと思ってたんですが、そんなこともないようで今でも悪い意味合いを込めて使われているっぽいです。

しかし早坂は違いますね。
「東京のアイドルとは違う」という意味で「イモ(田舎のアイドル)」を用いています。
7話で丹下社長に看破されてましたけれど、都会のアイドルであるI-1とは正反対の「仲間意識」を強く持った関係性を理想としていると。
WUGの「友情ごっこ」の象徴であるむすび丸を見つめている辺り、今回もその考えは一貫しているようです。

青春の影」で、早坂が非協力的な態度を示し続けていたのは、WUGが自身が否定する東京の色に染まるのを面白く思わなかったからなのでしょうね。
「売れ続ける為の活動」に腐心する姿から、I-1のようなアイドル像を重ねてしまったのかな。

肉じゃがの入ったカレー…でしたっけ?
レコーディング時にそんな感じで評してましたけれども、これは「別の料理になってしまった」という絶望感からの言葉だったと解釈しています。
関係無いですが、肉じゃがの残りものをカレーにしちゃうというのをTVで見たことあります。
ちゃんと美味しいらしいですけれど、別物ではありますよね。

閑話休題
早坂は、白木のアイドル観を否定し、丹下の育むアイドルをそのままの形で伸ばそうとしています。

「素顔でkiss me」の使われ方が面白かった

「素顔でkiss me」の第一印象と作中での扱われ方が同じでビックリしました。
「わぐばん!」で触りを初めて聞いて、「少女交響曲」のCDを買った際にカップリングで収録されていたモノを聞いたのですが…。
第一印象は、文字にすると「!?」って感じでした。

これまでのWUGの曲とは異なる方向性。
このような曲は似合わないなというのが第一印象であり、作中で「そういう曲」であると描かれていたので、ビックリしました。
僕の感性も捨てたもんじゃないなと(笑

まあ、それは冗談としまして、これは面白い仕掛けでした。
「素顔でkiss me」という曲そのものが、「WUGらしさを失っている」というメッセージであったのですね。

今までにない方向性の曲を敢えて作ることで、WUGが(早坂にとって悪い意味で)変わりつつあったことを描いている。
前編の中で一番面白いなと感じた点でありました。

この曲を否定し、今までの方向性と同じ「少女交響曲」を肯定させてみせる。
彼女達が「WUGらしさ」を取り戻した瞬間であり、後編での逆襲を予感させる締めにもなっている。

鑑賞前は前編と後編に分けずに、1本の長編として公開して欲しかったと思っていましたが、そうするとこの仕掛けの面白味も半減していたかも。
ならば、この公開形式も良かったのかな。

終わりに

白木、丹下、早坂。
それぞれのアイドル観がどのような形で結実し、収束するのか。
「I-1のようなプロのアイドル」を否定した先に何が待っているのか。
TVシリーズから一貫してきた「アイドル観」に関するドラマの1つの結末が拝めそうで、楽しみであります。

構成が綺麗に纏まっていて、それ故に予告編だけで前編の全てを把握できてしまうのですがw
それぞれがどういうアイドルを育て、魅せたいのかという部分にしっかりと焦点が行くようになっているので、「WUG!」の総決算としての面白さが詰まっていました。

ところで…。
あまりにも映画が良かったのもアリ、また、たまたま立ち寄ったアニメイトで欲しかったブツが売っていたので入手。

わーひ。
「ARIA」も見て来たので、「い」が「ひ」になってしまう病を発病中)

山下七海写真集 Baciami

山下七海写真集 Baciami