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アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

「BORUTO -NARUTO THE MOVIE-」 感想

この記事は

「BORUTO -NARUTO THE MOVIE-」の感想記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

「BORUTO」見てきました。
初日とはいえレイトショーで、満席近く入っていてビックリ。
カップルから大学生くらいのグループ、女性の1人客まで様々。
100人満たない位の鑑賞客とはいえ、その幅広いファン層に改めて「NARUTO」の人気を肌で感じてきました。

さてと、本編感想です。
このシリーズはあくまでも絆の物語なんだなとそう実感しました。

原作最終回の仕掛けに気づく

今回も入場者特典は、最早恒例となったコミックス風冊子です。
岸本先生描き下ろしの短編(17ページ)をメインに映画に登場するキャラ紹介記事など充実した中身となってます。
短編に関しては、正直映画とも繋がらない本当の意味での「おまけ」だったんですが、興味深かったのが、原作最終話#700「うずまきナルト!!」をオールカラーで再録されていたこと。

次世代のキャラクター達が初めて描かれた記念すべき回であり、彼らの紹介を兼ねられるからというのが再録された大きな理由なのかもしれません。
ただ、僕は違った意味が込められていると受け取りました。

五影会談の日。
ボルトがナルトにかまって欲しくて、火影岩に落書きをします。
ナルトも昔おんなじ理由で同じことやってましたね。
だからこそ、イルカが言う言葉って一層説得力があるといいますか。
憤慨する木ノ葉丸をこう宥めています。

「彼(ボルト)もいつか分かってくれる日がくる それまでこちらも辛抱してあげなきゃ…」

場面は変わり、ナルトがボルトに語りかけます。

「ボルト 
今の父ちゃんにとって里の人全てが家族みてーなもんなんだ
お前だけの父ちゃんじゃいられねー時もある
お前もつれーかもしんねーけど少しは耐え忍ぶことを覚えねーとな
お前も忍者ならよ」

この後のシーンで、サラダが父(サスケ)に猜疑心を抱いていることが描かれ、こちらは「外伝 七代目火影と緋色の花つ月」にて和解する一部始終が語られました。
映画は、タイトル通りボルトの番。
まさにイルカが言う「分かってくれる日」であり、「耐え忍ぶことを覚える」お話。
外伝もこの映画も、最終回を描いている時には既に作られる事が決まっていて(製作時間等を考慮すれば、言うまでも無い事ですが。特に外伝は最終回の掲載号で発表されてましたしね)、ここまで見て漸く「NARUTO」という作品が完結を見るという仕掛け。
こういった仕掛けをしっかりとアピールするという意味で、最終回の再録は納得でした。

ボルトが「分かった」日のお話

前置きが長くなりましたが、本編ですね。
「バトル」の比重とでもいうのかな。
この映画にとってバトルがどれだけの意味合いを持つのかを考えた時、物凄く丁度いい塩梅だったのじゃないかと。

バトルに重きを置いて見てしまうと、多くの人にとっては正直物足りなさの方が強く出る気が致します。
特にジャンプ的バトル漫画にどっぷりと浸かった方であればあるほど。
見せ場もあるし、映画としての迫力もたっぷりですし、それなりに尺もあれば、敵も粘っていた。

けれど、今回の敵であるモモシキのピカレスク的魅力は殆ど感じられない為、大きなカタルシスは得られませんでした。
描写量が絶対的に少なかったんですよね。
本格的な登場は中盤から終盤にかけてだし、なんか壮大な野望も見えない。
カグヤの劣化コピーというか、彼女の影を追っているだけというか。
ただ単に「何の努力も経ずに、力を持った者がどれだけ脆いのか」を示す為だけの存在にしか思えなかったんです。

「バトル漫画」だとこれは致命的です。
しかし、この映画は違うと僕は捉えてましたので問題無し。
寧ろ、これが良かった。

「耐え忍ぶ」。
色々な解釈があると思うのですが、この映画では分かり易く「力の身に付け方」で表現されていました。
あらゆる忍術を印を結ぶ事も無く、チャクラも要せずに誰でも容易く使える小手。
カタスケら科学忍具班が開発し、ボルトが中忍試験で使っていたコレもそう。
あらゆる忍術を吸収し、自分のモノとして相手へ放てるモモシキの掌にある輪廻眼もそう。

何の努力もせず、楽に手にした力の象徴。
ボルトがこれに縋ったまま終わっていたら、ナルトとサスケの懸けはナルトが勝っていたのでしょう。
イルカが待つ「分かってくれる日」も永遠に来なかったかもしれない。

嘗ては弱点だらけだった父の今の強さを知り、自分の愚かさに気づき。
楽に手にした力の無力さを痛感し。
辛いことに耐え忍ぶことの大切さを悟ったボルトが小手を捨てるシーンがクライマックス。

イルカの言葉とナルトの願いが結実したシーンですよね。
一番大事なところだったように感じました。

モモシキを倒すのは、だから、大事なんじゃないんですよね。
「本当に見せたいシーン」では無い。
即ち「バトルが重要で無い」訳で、モモシキも敵として魅力が無くても良い。
ボルトの成長を示す為だけの存在で構わない。

だからかな。
決着もボルトの力に因ってない。

サスケがモモシキを引き付け、ほぼナルトのチャクラで出来た巨大螺旋丸で止めを刺す。
ボルトがやったことといえば、螺旋丸を作った事とモモシキの右手を潰して螺旋丸の吸収を出来なくした点のみと言っても良い。
「耐え忍ぶ強さ」の象徴であるナルトとサスケの力に因る部分が大きい決着。

この戦いでボルトがチームワークの大切さを知って、楽に手にした力の象徴であるモモシキを破る。
ボルトはあくまでも、親達のサポートに徹し、親心でトドメを任されたに過ぎない。

そうではなくて、ボルト1人でモモシキを倒しちゃってたら、ダメでしたね。
急襲とはいえ、ナルトをも倒すようなモモシキにボルトが勝っちゃうとおかしいですから。
それこそバトルアニメになってしまう。

そうはせず、あくまでもナルトやサスケの力でというのが大切。
大切というか、僕としてはこういう倒し方だったからこそ、今作全体のテーマが一貫していて素晴らしかったと思えたんですよね。

小手の破棄とモモシキの撃破。
これをボルトに担わせて、彼が「耐え忍ぶ」ことを覚えた。
同時にナルトの立場や強さを理解し、父への懐疑心を晴らした。
それを「分かった日」。

まだまだ根性という点に於いては描かれて無かったですが、それはこれからなんでしょうね。
ボルトの「始まり」が描かれてただけなのですから。

「NARUTO-ナルト-」3つ目の最終回

入場者特典「秘伝・在の書」のキャラ紹介では、ボルトとサラダの項でこのように書かれてます。
ボルトは父・ナルトに懐疑心を持ち、サラダは父・サスケに猜疑心を持つ…と。

懐疑と猜疑。
ごっちゃに使ってしまう事が多いようですが、実際は違っています。
「七代目火影と緋色の花つ月」では、サラダの猜疑心っぷりが存分に描かれてました。
サクラに何を言われても信じず、本当は違うんではないかと疑っていました。

ボルトは、懐疑心。
単純に疑っていたんですよね。
ナルトを。
ナルトからの愛情を。
だから、ナルトの全てを否定していた。

#700でサラダが「同じ」と称していましたが、2人はちょっと違いますね。
サスケと違い自分の子の近くにいながら、どれだけ子を構ってあげられていなかったのか。
ナルトの多忙故の「子供との時間」の少なさが見え隠れしてます。

作中にあった「そんなこと」がどれだけボルトにとって大切なのか。
シカマルに言われるまで忘れていたナルトが、どれだけ疎かにしていたのか。
「お前だけの父ちゃんじゃいられねー時もある」とか言われても、伝わんないですよね。
これをサスケが分からせるという構図がとっても面白かった。

思えば「NARUTO」を面白く読めるかどうかって、ナルトとサスケの関係を理解出来るかどうかにウェイトが掛かってる気がします。
僕にとってはまさにこれで、特に第2部がそうでした。

里を裏切った抜け忍のサスケをいつまでもいつまでも拘るナルトがどうしても理解出来なかったんです。
流石に放っとけよと何度読んでいて思った事か。
故に、第1部程面白いと感じてなかったというのが本音。

どうしてそこまで執拗に拘るのか。
当時は理解に苦しみました。
拘る理由。
最終回のナルトの台詞の引用だけでは足りませんが、でも、端的に言えばコレ↓ですよね。

「今の父ちゃんにとって里の人全てが家族みてーなもんなんだ」

ナルトにとってはサスケは家族と言えるほど大事な存在であったと。
長い時間を掛けて、ナルトはサスケにその気持ちを分かってもらった。
サスケもその気持ちに応えるに至った。

ナルトからサスケへ。
サスケからボルトへ。

サスケは家族から離れていながらも、里の為に尽力し、ナルト同様里の人全てを家族のように想っている(はず)。
当然、サクラやサラダを愛してもいて、それはサラダの父に対する態度からも察する事が出来る。
そんなサスケを師とし、事件終結後には、サスケのようになりたいと誓わせる。

これは、ボルトがナルトの言った事を理解した事に違いないなと。

ボルトを通して改めて「NARUTO-ナルト-」という壮大な物語で描いてきた事の全てが見えました。
ナルトとサスケの2人が親友を越えた…家族にも似た絆で結ばれるまでの物語。
「BORUTO」というタイトルで、彼が主人公であったのは間違いないんだけれども、「NARUTO」という作品の総括を見た思いでした。


ナルトとサスケが本当の意味で協力して里の脅威に立ち向かう姿。
バトルそのものを主眼に置いて見てなかったとはいえ、連載をリアルタイムで最初から最後まで追ってきた人間としては感無量でした。

終わりに

終始一貫絆の物語。
親子の絆を主眼に置きつつも、しっかりと本編のテーマを完結させている。
努めて明るく見せているので、重く感じる事無くしっかりと最後まで見れる。

原作#700、映画「THE LAST」、そして今回。
3回目の最終回であり、最後を飾るに相応しい内容でありました。