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ワンアイディアを作品の根幹にまで昇華するテクニックが凄い「嘘解きレトリック」という傑作

この記事は

「嘘解きレトリック」の記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

少女漫画人生初購入。
「嘘解きレトリック」が面白いです。
先日ネカフェのオススメコーナーで発見し(上手い事に、わざわざ少年漫画の隣の棚に陳列してるので、目につきやすい)、タイトルに惹かれ読む。
いっきに嵌り込み、新刊書店で既刊を購入という流れ(笑

ミステリを題材としつつも、その本質は人間ドラマ。
嘘を見抜けるというおよそミステリではタブー視されそうな能力を持った少女・鹿乃子(かのこ)は、その力故に虐げられてきた過去を持ち、心に深い傷を負っていた。
そんな彼女が、能力をも受け入れてくれる探偵・左右馬(そうま)に出会って、少しずつ変わっていくというもの。

人間の嘘を見続けていて、その力を気味悪がられ、疎まれてきた鹿乃子を全力で受け止めてくれる左右馬。
人間不信になりかけていた少女が、生まれて初めて信頼できる人に出会う幸福。
1巻の帯の辻村氏の言葉そのままの感想になっちゃってますが、まさにその出会いの物語に僕の心も鷲掴みにされてしまいました。

ドラマ部分が非常に心温まるものであり、この漫画のミステリの要とも言うべき部分ではあるんですが、今回はそこには触れず。
触れるべきは、やはり「嘘を見破れる」という点ですね。

ミステリでは「嘘」を見破る事が肝であり、しかしながらこの作品はそこを最初に読者に提示してしまうのです。
ミステリとして機能するんだろうか?
また、「嘘を見抜く」という単純な1アイディアで、多くのエピソードを熟せるのだろうか?
そう思いつつ読み始めたのですが、本当に僕の考えは浅はかであったと思い知らされたのです。

ワンアイディアを漫画の根幹にまで昇華するテクニックが、この作品から見て取れました。

「嘘を見抜く」能力とミステリの相性

鹿乃子のこの超能力は、「意識して吐いた嘘」を音で見抜く事が出来るというもの。
という訳で、第1話は非常に単純な質問だけで事件を解決してみせています。

誰もが思いつく質問。
敢えて作中の言葉とは変えますが、ようするに「犯人はお前か?」です。

十中八九問いかけられた側は「いいえ」と答えるのですから、その言葉に嘘が無いかどうか鹿乃子が聞き分けるだけで済みます。

「嘘を見抜く」という能力は、事件を解決するのに非常に適している訳ですよね。
犯罪を隠ぺいしようとしてる犯人は、隠したい事実を意図的に隠す訳ですから、当然嘘を吐くのですから。
鹿乃子には簡単にばれてしまう訳です。

しかもです、「嘘かどうか」は、鹿乃子が作中で判断を下す前に、読者には分かるような仕掛けになっていました。
嘘が含まれたセリフの吹き出しだけ、特定のスクリーントーンが貼られているのです。
見ただけで、「あ〜これ嘘なのね」と分かってしまう。

第1話は、そんな訳でミステリとしては、成り立っていなかったと思うのです。
探偵の左右馬が非常に鋭い洞察力を持っている為、彼が事件解決までの道標を作り、その過程がミステリとしての面白味になっているのですけれど、犯人逮捕の流れ等々は能力に依存しておりました。

この1話だけで評価を下してしまえば、やはり「嘘を見抜く能力」とミステリの相性は悪いとなってしまいます。
しかしながら、日常の謎に着目すると、しっかりとミステリとして機能するんですよね。

第2話で早速それがお披露目となっていましたが、「嘘だと分かるからこそ生まれる謎」が描かれておりました。
何故嘘を吐いたのか?
嘘を嘘と見抜けない人にとっては、謎にすら発展しないけれど、嘘をはっきりと自覚出来るからこそ謎となってしまう。

さて。
犯罪ミステリでは、本当に相性が悪いんでしょうか。
いやいや、そうじゃ無いんだよ、ちゃ〜んと機能するんだよと判明したのが第3話でした。
誘拐事件を扱った3話では、敢えて同じ嘘を吐かせることで、事件解決へと導いているんです。
これまた「証言が嘘だと分からないと出来ない捜査手法」であり、左右馬の洞察力から導き出された推理の面白さと相まって抜群の出来になっていたと思いますね。

もうこの時点で、ごめんなさいするとこ。
ミステリと能力の相性が悪いとか、エピソードに幅を持たせにくいのではとか杞憂もいいとこ。
だけれども、まだまだ序の口でした。
嘘を見抜く力とミステリとの相性は、3巻が本番でありました。

嘘を見破る能力を逆手に取ったトリック

第2話にて鹿乃子の能力を左右馬が解析してくれています。
纏めますと、「勘違いなどで発言者が誤解したまま嘘だと思わずに発した嘘は見抜けない」というもの。

意図的に吐いた嘘でないと見抜けない。

2巻収録の第5・6話の幽霊屋敷事件と第9話の弁当の注文数違うよ事件は、これを利用したミステリ。
どちらのケースに於いても、事件関係者の誰一人として嘘を吐いていないんです。

通常、事件が描かれると僕等読者は嘘を探し回ります。
この発言が嘘なんではないか。
いや、こっちが嘘なのでは。
色々と当たりを付けては、想像を巡らせ、事件の全体像を推測する。
そうやって謎を熟成させちゃうわけですが、今作は「嘘が嘘だと提示される世界観」。
どこにも嘘なんかないと分かってるからこそ、矛盾が生まれ、謎となってしまう。

23個の注文があったと片方が主張すれば、もう片方は13個しか注文してないという。
どちらも嘘を言ってないので、どちらかの勘違いを疑ってみれば、それも違うという証拠が提示されてしまう。
勘違いでも嘘でも無いから、矛盾が生まれて、「どうしてこんな事態になってしまったのか」という謎が出来上がっていました。

鹿乃子の能力を利用したミステリですよね。
発言に嘘が無いんだよと読者に説得力を持たせた条件提示の上で成り立っているのですから。

これを踏まえての第3巻です。
初の長編「人形殺人事件」編。
1巻丸々使って日本ミステリの花形である因習モノです。

この長編のメイントリックの伏線の張り方が、鹿乃子の能力を逆手に取っていたから、非常に爽快でした。

とある事象に関して、意図的に吐いた嘘では無いから鹿乃子は「嘘では無い」と聞き分けます。
事あるごとに、その事象は鹿乃子の耳に入り、全て「真実」と描写されます。
当然のように吹き出しにスクリーントーンが貼られていないので、読者も「本当の事だよ」と何度も何度も刷り込まれます。
でも実は「嘘ではないけれど、真実でも無いんだよ」と分かるどんでん返しの真相が待ち構えているんです。
これには「あっ」と驚かされちゃいました。

今まで「鹿乃子の反応しなかった台詞は本当の事しか無い」と信じ、勝手に思い込んでいたからです。
確かに本当の事ではあったけれど、真実では無い事もあるんだなと。


「嘘を見抜く」能力はミステリとの相性が悪いと考えておりました。
しかし、それは本当に浅はかでした。
1話のような単調な使い方だけだとそうかもですが、ちゃんとミステリの中に落とし込めば、きちんとミステリはミステリとして機能するんですね。
能力を利用したり、逆手に取ることで、謎を生む事にも役立っている。

単純かも知れないワンアイディアですが、それを素材のまま出す事はせずに、しっかりと調理されて立派な料理になってサーブされてくる。
その分かり易い一例を見た思いでした。

まとめ

この漫画の良い所は「嘘を見抜く」能力をしっかりとドラマ部分にも機能させている事です。
人は何故嘘を吐くのか?
良い嘘とは何か。悪い嘘とは。

能力で心に傷を負った鹿乃子が、能力を駆使する事で、認められ、癒されていく。

嘘が見えるからこそ見えない点。
それを洞察力で見抜いて、しっかりと傍で支えてくれる左右馬との絆の物語が琴線に触れます。

「嘘を見抜く」。
このワンアイディアが人間ドラマとミステリの両面に作用し、2つの要素を1つの物語に纏め上げている。

僕のような素人だったら、例え同じようなアイディアを思いついたとしましても、間違いなく単純なお話しか作れないでしょうね。
プロは思いついたアイディアを吟味して、調理して、色々な見せ方で楽しませてくれるのですね。
漫画家さんってつくづく凄いなと感じた1作でした。

嘘解きレトリック 1 (花とゆめCOMICS)

嘘解きレトリック 1 (花とゆめCOMICS)