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アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

アニメ「ニセコイ」の20話構成から考える「自由な話数構成」

この記事は

TVアニメの話数に対する記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

ふと考えてみるとTVドラマの話数って結構融通が利いているなと。
たまにある打ち切りとかを無視すれば、8話くらいで終わっちゃう作品もあれば11話、12話と1クールきっちりと作られる作品もある。
2クール以上は非常に少ないですが、1つの枠内での放送話数という意味では自由度が高い。

TVドラマのこのような枠の使い方を見ると、どうも放送話数というのは制作側にある程度の決定権があるのかもしれません。
若しかしたら全権が委ねられているのかもしれませんけれども、その辺の事は僕には知り得ない事ですので曖昧な感じに濁しておくとして。

何が言いたいのかと言えば、TVアニメでもこういうのは良いのかもしれないなと最近思うようになってきたのです。

「適切な話数」なんて存在しないかもしれませんけれど

本音を言えば、枠内の使える週はいっぱいにまで使って欲しいのです。
1クールで言えば12〜13話。
2クールならば24〜26話。
面白ければ1話でも多く視聴したいというのは自然な感情だし、この考えは未だに僕の中にあります。

しかし、そういう作品ばかりでは無いというのもまた1つの事実。
話数が多いな〜と感じる事もあれば、全然足りないと思う事だってあります。
勝手かつ我儘な感想ではあるかもしれません。
然しながら、このような感想を抱く作品もあるんです。
主に原作付きのアニメですね。
特にその原作を知っている作品に限られます。

オリジナルの場合は、振り返ってみて「あそこはいらなかったんじゃないか」とか「あの点はもう少し時間かけて欲しかった」等々好き勝手言えるんですが、(時間の制約等々の理由から当初の制作陣の構想通りに作られなかったとしても)放送されたものが全てであるから、"適切な話数"について議論するのはより難しいんですよね。

話数が足りない例で言えば「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」。
ネットを使っての補間があったとはいえ、1期も2期も足りなかった。
特に2期。
象徴的なのは、あやせの物語。
主人公である京介が一人暮らしをしていた際に、あやせが「通い妻」をしていた折、原作では1つの事件が描かれていました。
余分なネタバレとなる為詳細は省きますが、この事件が有ったからこそ直後の愛の告白に綺麗に繋がっていると僕は思っているんですね。
あやせが京介を好きになるだろう過程こそ十二分に描かれていたものの、告白に至る切欠の部分がやや弱かった。
ヒロインの1人であるあやせの告白シーンが少々唐突な印象を持ってしまったものです。

更にいえば、物語の根幹である大事な過去話を大幅にアレンジせざるを得なかった点。
原作ではその当時の想いが京介、桐乃、麻奈実と3人それぞれの視点から描かれ、故にクライマックスのVS麻奈実にも説得力と迫力等々が付加されていたのですけれど、アニメでは桐乃視点オンリーになってしまった。
このアレンジは納得出来てはいるんですけれど*1、それでも話数がもう少し多ければと感じずにはいられなかった点。

24話では多かったのかもしれません。
かといって、16話では少なすぎた。

予算の都合上どうしようもないことだって多いでしょう。
制作サイドだって、同じ想いを抱かれているのかもしれない。
やむを得ず「作れる話数」の範囲でベストなシリーズ構成を練られているであろうスタッフに対する、身勝手な意見であることは承知の上で、それでも敢えて言いたいのです。
もう少し欲しかった…と。

ところで、「ニセコイ」のアニメが中途半端な20話という話数で完結いたしました。
原作未読の視聴者からすれば、歯がゆい思いをしたのかもしれません。
物語最大の(文字通り)キーポイントである楽が胸から下げている錠の謎が投げっぱなしのまま終わったので。
結局誰がハツコイの相手なのかも分からず、当然主人公の楽がヒロインの誰かとくっついた訳でも無い。
消化不良は否めないのかもしれません。

特に「まだ使える枠」が残っていたのですから尚更です。
「何故もっと放送してくれないんだ」と声を大にして言いたい方は多かったのではないかな?
ただね、この一見中途半端に思える20話というもの。
「ニセコイ」という作品に於いて、原作ファンを自認する僕にとっては「とっても素晴らしい構成」だったんです。

「ニセコイ」の20話構成が良かったのです

原作を読んだ人であれば、「ロミジュリ」で区切りを入れる事に何の疑問も無い筈です。
物語的に原作に於いても一区切りが着いているからですね。

楽と千棘のニセコイの関係が大きく変わったのです。
楽も千棘もお互いの事を毛嫌いし、文字通り偽の恋人を演じるだけの間柄だった序盤。
しかし、この偽の恋人ゴッコをするうちに、主に千棘の方に変心が見られました。
徐々に楽に惹かれていく過程が描かれ、それが恋であると遂に自覚したのがアニメ第20話。
ニセコイではなくなってしまったんですよね。
ロミジュリ編は2人の関係性が大きく変わり、新たなステージへと進む分水嶺となっているんです。
この先原作で大きな話の区切れと言うのは今のところありません。
基本1話完結を旨とするラブコメですけれど、大きなストーリーに着目すると節目が無い。
敢えて言えば、「1年生編完」とでも呼ぶべき個所もありますが、そこ自体に大きな盛り上がりはありません。

クライマックスを演出する上でも、物語の節目という意味でも、ロミジュリでの最終回というのは非常に綺麗な点なんです。
原作ファンという立場で語るのであれば、20話という一見中途半端な話数は、英断であったなと感じます。
下手に話数が多いとも感じず、かといって少ないとも思えない。
適度な話数だったなと。

まあ、原作未読者からすれば、もう少し「終わった感」は欲しかったかもしれませんけれども。
原作連載中の為、ハツコイの謎も解けて無ければ、楽が誰かとカップルになってる訳でも無いので、これらに答えを求めてしまうとオリジナル展開となりますが、原作未読者にとってはこの辺の事情は小さな問題でしょうし。

あくまでも"原作を知った上"での意見ですが、このような自由な話数構成も良いものだなと感じた好例なんですね。

終わりに

「ニセコイ」のような好例を見てしまうと、1クール12話という縛りに拘る必要性も無い気もします。
TVドラマのように自由な話数構成も時には良いのかもしれませんね。
TVという媒体の中ではこのような編成が難しいようであれば、「俺妹」のようなネット放送やDVD・BDへの未収録話の収録もありかなと。
後者や「映画へ続く」とか露骨にやり過ぎると、BPOに審査されちゃいますので、こういうのもやり辛いかもですけど…。
そんな風に僕の中の考えも変わりつつあります。