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「るろうに剣心 京都大火編」 感想

この記事は

「るろうに剣心 京都大火編」の感想記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

「るろうに剣心 京都大火編」を鑑賞して参りましたので、感想を簡単にではありますが書かせて頂きます。
簡単に総括してみますと「前作以下 続編ありき」でしょうか。
単体でみると残念ながら前作を下回るのですが、しかし、徹底して続編ありきとしてみると…という映画でした。

総括

思っていた以上に原作準拠だったのが意外でした。
和月先生が「大幅な構成の見直しが図られている」という意味合いのコメントをされていたので、てっきり少なくとも前作並みの大改編がされているのかと思いきや、終盤まではほぼ原作通り。
序盤の山場でもある剣心VS斎藤などは端折られていましたけれども、中盤までは大筋は準えていましたね。

終盤でアレンジ入ったのは、まあ、サブタイトルからしても当然の成り行きでしたので、驚きも無く。
師匠である比古との修業は後回しにされ、先に京都大火を持ってきて、クライマックス感を演出されていました。
ただ、このクライマックスがやや物足りなかったというのが正直な感想。

恐らく後編で煉獄を大暴れさせるのでしょう。
これは和月先生のコメントからも推測されるものでしたが、それ故に、京都大火を囮とした煉獄での東京砲撃作戦を剣心達が未然に防ぐという原作の展開が出来ないでいました。
京都大火に関しても、十本刀が参戦しないという改変がなされ、「VS十本刀」という見せ場も無し。
弥彦の躍進や薫&操のタッグも当然カットされていて、やはり盛り上がりには欠けておりました。

前後篇という事もあり、1本の映画として完結していた前作に比べれば、盛り上がりも・完成度も低かったかなと。
ただし、これも後編の為と考えれば納得できてしまうんですよね。

例えば、十本刀の扱いに関して。
宗次郎と方治のメイン2名や中盤で剣心と戦った張以外の7人は、雑魚敵と殆ど変わらないような見せ方でした。
紹介はおろか、台詞すら無かったですしw
前編だけで考えちゃうと、後編でもあっさりやられてしまうだけなんじゃないかと思ってしまいます。
けれど、京都大火に出撃させなかったのですから、相応の見せ場が用意されてるんじゃないかと期待しております。

原作でいう最終決戦では、十本刀でも腕の立つ上位3人(宗次郎、宇水、安慈)と剣心・斎藤・左之が相対しましたが、後編では10人全員と戦う事になるんじゃないかなと。
流石に1人1人と真面目にマンツーマンで戦わせたら見ていてだらけそうですけれど、上手にやれば非常に盛り上がるんではないでしょうか。
和月先生ですら「多すぎたかも」と仰られていた十本刀をわざわざ原作通り10人揃えてみせたのです。
後編でのクライマックスを魅せる為と考えれば、前編での扱いも盛り上がりの欠如も納得出来るんですよね。

とまあ、総括というとこのくらいに致しまして、もう少し細かく振り返ってみます。

序盤

剣心が薫と別れ、京都へと旅立つまでを振り返ると、原作との差異で最も大きかったのが「別れ方」でしょうね。
薫の心情面の描写に関しては原作の方が分かりやすかったです。

原作に於いて薫が悲しんだ理由は「剣心が居なくなってしまった」という物理的な理由ではありませんでした。
無かったと僕は解釈してるんです。
彼女が案じていたのは、「るろうにの剣心」が居なくなってしまう事であり、「人斬り抜刀斎」に戻ってしまう事でした。
剣心と抜刀斎は「違う人間」であるという認識に立った考え方であって、この事を恐れていた訳です。
斎藤との戦いによって、徐々に抜刀斎へと立ち戻っていくような剣心を見せられ、故に深く恐れ、悲しんだ。

前述したように斎藤との戦いはばっさりとカットされていたので、ただ単純に「剣心が居なくなってしまった」だけになり、薫が京都へと剣心を追いかけた理由も少しだけ弱くなっていたのかなと。
あ、でも、実写版ならではのフォローもあったんですけれどね。
前作の時の佐藤さんのインタビューだったかな?
ちょっとソース元を忘れてしまいましたが、「着物を使った演出」を取り入れていると確か触れられていました。
いわく、「神谷道場に住まう"流浪人"剣心」は原作通りの赤い着物を羽織り、「人斬り抜刀斎」などそれ以外の時は別の色の着物を着ていたと。
今作でも大久保利通と会合した時点では赤の着物でしたが、京都に旅立つ日以降は紺色(?)の着物を纏っておりました。
居なくなった剣心を想う薫も、物干しにかけられた赤い着物を見ており、この着物に纏わる演出が今作でも活きている事が窺えます。
この事を鑑みれば、薫の心情はしっかりとフォローされていたとも言えるのかもしれません。

この事を知っているか否かで、序盤の薫についての描写は意見が分かれそうです。
分かりやすさでいえば、やはり原作でしょうか。
ただし、この部分は、最終盤でしっかりとフォローがありましたので後述します。

中盤

中盤では2つの戦いが中心になっていました。
先ずは新月村での戦い。
このエピソードは、作中で剣心も触れていましたが「志々雄が支配する世界の縮図」を披露する場でもあり、また、2人の剣客の正義感の違いを見せつけるという意味でも重要なもの。
尖角をカットして、雑魚や宗次郎とのバトルだけに凝縮されていた分、この辺のテーマがより浮き彫りになっていました。

暴力を誇示するな。
暴力に怯むな。
大切な者を守れる男になれ。

剣心が栄次を諭した言葉が、「人斬りをしてまで、新時代を築こうとした」剣心が次代の為に成そうとしている事なのかなと。
そういう未来の若者を育むために、手を汚した。
そんな剣心の志とは違い、力で国を治めんとする志々雄もピカレスク全開で別の意味で光っていましたね。

左之が怒るくらい新政府に非道な事をされながらも、今更復讐なぞ企んでいないと豪語し、逆に感謝してみせる姿。
純粋な暴力で国を手中に収めんとするその姿に、藤原さんの演技も相まって、シリーズ随一の人気悪人が映えておりました。
過剰にバトルを詰め込まずに必要最低限に徹した分、この両者のスタンスが明確になっていたんですよね。

バトル面に目を転じても、少ないながらも迫力は十分。
ワイヤーアクションなのかな。
滑空するような剣心の体裁きを堪能出来る、多対一となった雑魚戦。
よりアクロバティックな動きで剣心を翻弄する対宗次郎戦。
どちらも物語的にも必要ですし、見た目にも面白い戦いでありました。

京都に着いてからが、2つ目の戦い。
避けては通れぬ、新しい刀との出会いを描いていて、ここは本当に原作準拠だったかな。
ただ、張の刀剣蒐集狂という面は少々描写的に弱かったかもしれません。
彼が繰り出す刀が1つしかなかったからですね。
まあ、原作をよりリアリティにしている今作なら、この辺は仕方のないところかもしれません。
薄刃乃太刀は、漫画的ギミックが強すぎて出しづらいでしょうから。
代わりに連刃刀が前面に出ていたのは、なんていうか張らしいとも言えるかもですけれどw

というわけで、VS張。
「何度も蘇るゾンビ」のような執念を見せる張との戦いは、(刀を除いては)驚くほど再現されていたかなと。
逆刃刀での攻撃って、よくよく考えれば打撃ですからね。
この位何度も立ちあがってくるのが、普通と言えるのかもしれません。
あまりにも張がしつこい分、決着時のスピード感は気持ちの良いものでした。

終盤

基本的には総括で述べた通りなのですが、特筆すべきは、最終盤の煉獄でのシーンですね!!
序盤に無かった「VS斎藤」をここでこういう形で持ってくるとは!!
予想外であり、面白い改変だったなと。

1つ訂正。
「VS斎藤」というのは、文字通りの意味では無いです。
あの戦いのテーマが描写されていたという意味。

つまりは、「人斬り抜刀斎」へ戻っていく剣心が描かれ、それを恐れる薫が描かれていたという意味。
これは話の流れを見直すと、このタイミングでの面白さが際立つんですよね。
この映画では、この最終盤までの剣心はずっと「流浪人」のままなんです。
逆刃刀・真打を手にした時「まだまだ甘い戯言に賭けてみたい」と言っていたように、人斬りを否定しているのがそれを表わしていて。
原作では薫との別れの時点で「流浪人と人斬りの中間」という非常に曖昧かつ微妙な立場だったので、この台詞の意味合いが少々異なってくるんですが、純粋に言葉通りに捉えられたのが今作。

後に師匠との修業を経て、「流浪人」に完全に戻るのですけれども、映画ではこれは後編へと持ち越し。
その直前である前編の最終盤で「流浪人と人斬りの中間」に剣心を振り戻すのは、話の流れ的にも綺麗に思えます。
薫の心情面もここにきてググッと描かれていて、原作により近づきました。

また、「人斬り抜刀斎でないと戦力にならない」と感じ実践した斎藤と違い、「人斬り抜刀斎でないと戦いがつまらない」と考える志々雄の大物っぷりをも加えてくるという凄すぎる改変でした。
宗次郎が薫を拉致した瞬間は、人誅編を混ぜ込んでくるのかなと勘繰ったのですが、こういう改変をしてくるとは…。
このアレンジは本当に凄いものでした。

蒼紫の扱い

最初の方で盛り上がりに欠けるとネガティブな意見を書いてしまいましたが、全て後編への布石だと信じているので、言葉ほど悪い評価はしてないんです。
そこは良いと思っているのですが、唯一引っかかっているのが蒼紫の扱い。

登場のさせ方も剣心への執着の想いも、全てにおいて「彼は不要だったのでは?」と感じずには居られませんでした。
前作を彼無しで改変したのは、「誰が敵なのか」を明確にする為には仕方のない事でした。
寧ろ前作で出していたら、話がとっちらかっていたと思うんです。

京都編での蒼紫は、やっぱり「御庭番衆編」を経てこそ意味があるんですよね。
仲間を殺された事。
剣心に執念を燃やしている事。
動きが鮮明で、自然なのですが、うううむ。
映画はこの辺の改変がやや不自然でありましたね。
特に剣心(抜刀斎)への執念に転化した心の動きが納得出来かねる部分でした。

いっそのこと蒼紫は登場させなくても良かった気がします。
京都御庭番の扱いを変える必要性は出来ちゃいますが、それをしてでも「登場させない」方法を取って欲しかったかな…。

まとめ

長丁場である京都編ですが、シナリオ面でいえばダイジェスト感を覚えること無く鑑賞出来ました。
綺麗に後編だけで畳めるんではないかという期待感が持てましたね。
盛り上がりに関しても、確かに1本の映画としてはやや不足気味なんですけれど、後編の為だと考えれば納得出来るものです。

というか、後編は多分物凄く面白い映画になるんではないかという期待感だけが高まる感じですね。
そういう意味では、十分面白い前編と言えるんじゃないでしょうか。

前作同様佐藤さんの演技は、剣心そのもの。
藤原さん演じる志々雄の迫力も凄く、必見の価値はあります。
兎も角後編に期待が高まる前編でした。