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アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

一部だけを切り取って「害悪」と決めつける人を漫画愛好家とは言わない -とある漫画規制論考に対する反論-

【漫画】その他 漫画

この記事は

漫画規制の記事に対する批判です。
短絡的に犯罪と結びつけるロジックが理解出来ません。

「黒い三角定規」に見えるリアリティ

「物事を数値化し、数理現象・物理現象など事実だけを重んじる科目は、心を尊重し他人を慈しむ人間性を否定しうる」。
少年犯罪の急増の理由を義務教育と関連付けたとある心理学の権威が発表した論文に倣い、上記の理由によって理数系科目を大幅に削減した文部科学省。
これに激昂した日本の代表する数学者である高木源一郎は、テロ組織「黒い三角定規」を結成。
「義務教育における数学科目の地位向上」を旗印に掲げ、政府に対して挑戦状を叩きつけた。
しかし、政府は反目。高木からの脅迫めいた挑戦を受けなかった。
これを受け高木は宣言通りテロを決行。
かくして義務教育から完全に数学が消えてしまったのであった…。
奇しくも数学を愛する高木の行為が、義務教育の数学に止めを刺すという皮肉な結果となり、国民に「数学は殺人者を育てる学問」と印象を抱かせる結果になったのである。

数学テロ組織「黒い三角定規」と数学を愛する1人の女子中学生・浜村渚との頭脳戦を描いたミステリ小説「浜村渚の計算ノート」のあらましです。
ライトノベルとしても通じそうなややぶっ飛んだ設定の本作ですが、内容はしっかりと数学&ミステリの体裁を取っており、加藤元浩先生の「Q.E.D.-証明終了-」が好きな人には是非にお勧めの1作となっております。
「活字はちょっと…」という場合は、「月刊少年シリウス」にてコミカライズが連載中ですので、そちらに目を通してみて下さいませ。
1巻全ページまるごと公式サイトでも公開していたりしますので。
少年シリウス公式サイト 「浜村渚の計算ノート」

訂正
1話だけしか読めなくなってますね。
僕が読んだ時は、たまたまキャンペーン的な事をしてたのかも…(汗

浜村渚の計算ノート (講談社文庫)

浜村渚の計算ノート (講談社文庫)

さて。
今回この小説の感想記事という訳ではありません。
先程はこの小説の設定について「ややぶっ飛んだ」と表現しました。
何がぶっ飛んでいるのかと言えば、数学テロ組織の存在。
ではなくて。
「政府が数学を義務教育から排除した」点ですね。

作中では「少年犯罪の急増の原因が数学にあるとされた」となっているんですけれど、こんな事は流石に現実ではあり得ないかなとw
いくらなんでも…ねえ。
作中と同様の世情になって、同様の論文が提出されたとしても、自〇党もそこまではしないはず。
いくらなんでも一笑に付すでしょう。
多分。

この一点のみが非常に漫画的と言いますか。
創作物らしい現実感を横に置いた設定に見えるんです。

ただ、人によっては「数学テロリストの方がリアリティが無い」と思われるかもしれません。
ちょっと否定しきれない。
高木を始めテロリストみんなコードネームを持っていたり、上では触れませんでしたが数々の殺人兵器が登場したりと、ラノベっぽい雰囲気はこう言う部分から存分に感じ取れる訳でしてw
どこか漫画チックでコミカルに(でも実際はエグイ殺人を平気でこなすのでギャップが凄い)装飾されている彼らテロリストの存在は、リアリティを欠いているかもしれません。
でも、僕は思うんです。
彼らのような存在は、現実でも十分に発生し得るんじゃないかなと。
特に犯行動機に共感する人が出てくる確率は同様に確からしいと。

漫画やアニメを法で縛って行けば、リアルに高木源一郎が現れる

現在僕はこの小説の5巻目を読んでいるところです。
シリーズも積み重ね、ここに来て漸く発端に関わった人物が出てきました。
権田原というオッサンなんですけれど。
日本で初めて数学といじめを結び付けた教育評論家で、件の数学排斥論にも参加。
当然のようにテロリストたちに命を狙われているのですが、このオッサンが数学を排斥した動機が残念極まりない。

「数学さえなけりゃ、おふくろは俺をもっと愛してくれたんだ。
数学さえなけりゃ、俺はあの大学に入れて、親父も俺を認めてくれたんだ。
俺の価値を貶めたのは数学だ。
俺の人生を狂わせたのは数学だ。
全部数学のせいだ。
数学を、『教育』だなんてもっともらしい言葉のもとに義務にしてきたバカどものせいだ!
俺は、俺は数学教育にいじめられたんだ……わぁぁ……」

このオッサンが最後助かったのか殺されちゃうのかは、まだそこまで読み進めていないので知りませんが…。
あまりに残念。
権力を持たせてはいけないタイプの人間で、こういう人間のエゴが方々に多大な迷惑を掛けてしまうという分かり易い図式になってます。

本題に入ります。
他者の意見に対して批判的な発言はしたくないのですが、今回は書かせてもらいます。

「私は漫画の愛好家です。鉄腕アトム、サザエさん、ドラえもん、あしたのジョー、ゴルゴ13などなど人々に夢を与え、励まし、考えさせる〜児童ポルノ漫画は表現の自由に値しない」 土屋正忠のブログにようこそ!さん
(BLOGOSに転載された方をリンクさせて頂きます)

土屋正忠氏略歴(wikipediaより抜粋)
日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期)。
武蔵野市長(6期)、武蔵野市議会議員(2期)、83会会長を歴任した。

この記事の一部を抜粋します。

集団で女児を襲い、暴行や性的虐待を与える児童ポルノ漫画。
このような劣悪な漫画は法規制の対象にすべきだ。
(中略)
人々に夢と希望を与え、励まし、考えさせる作品こそ、漫画の魅力、醍醐味であり、人間の可能性を示すものである。

とても短い記事なのですが、特に抜粋した部分に疑問が。

「集団で女児を襲い、暴行や性的虐待を与える児童ポルノ漫画。」
確かにそういうシーンのある漫画は、場合によっては規制が必要なのかもしれません。
でも、その規制は、決して「法で縛る規制」であってはならないはずです。

出版社や読者、漫画家たちが議論を深め、自主的にルールを定めていく。
そういう輪の中で作られた規制(ルール)の下で「自由な表現活動」がされるべきであり、国や自治体がしゃしゃり出ていく必要性は感じられません。
出版社が作ったルールがおかしいのであれば、指摘して是正を促せばいい。
青少年に害悪を及ぼす?
犯罪を誘発する?
子供が悪影響を受けないよう教育するのが大人の責務であって、それを表現物に転嫁するのは間違っています。
法で規制するというのは、こういった間違いを肯定する行為に他ならない。そう考えます。


また、記事には具体例が示されていないので、どうしても
「集団で女児を襲い、暴行や性的虐待を与える児童ポルノ漫画」=「劣悪」
と読み取れてしまいます。
もし、そういう主旨であるならば、これも何とも残念。

「集団で女児を襲い、暴行や性的虐待を与える」事"だけ"を描いた漫画が、例えば、青少年を対象とした雑誌に掲載されれば流石に問題です。
非難されても致し方ないかもですし、例え出版禁止物扱いにされたとしても文句は言えないかと。

でも、そういう漫画って多分無いですよね。
あっても18禁指定された雑誌に掲載されている漫画が大半でしょう。(読者の性欲を満たす為だけに作られているのでしょうから)
「集団で女児を襲い、暴行や性的虐待を与える」というシーンが含まれていても、それはその漫画の主旨では無いはずです。
特に読者に青少年を対象としてるならば「集団で女児を襲い、暴行や性的虐待を与える事は悪である」という結論に持って行く事が殆どではないかな。
作品内で「悪い事だ」と否定していて、それを読者に教えたいのであれば、もうそれは氏の言葉を借りれば「考えさせる作品」であり、「日本の誇り」なのではないでしょうか。
漫画を通した一種の青少年への教育ですよね。こういうのは。

これを否定されるのであれば、もう「漫画の愛好家」なんて名乗れないですよね。
自分に都合の良い部分しか見ておらず、「劣悪」等という表現で一括りにしているんですから。
もし18禁雑誌に掲載されている漫画に対して言ってるのであれば、これはもう権力の横暴でしかありません。


土屋氏はじめいちいち漫画やアニメを犯罪に結び付けたがる人達と「浜村渚の計算ノート」に出てくる権田原がダブるんですよね。
「漫画の愛好家」と言いつつ、文面からはそれが全く感じないところが権田原に通じるというか。
実際は漫画なんて大嫌いで、歪んだエゴを満たす為に、「劣悪漫画」の規制を叫んでいるだけにしかみえませんでした。

もしも、この作品のように漫画やアニメを法で縛って行けば、リアルに高木源一郎が現れるかもしれませんよね。

高木源一郎の行為は許されるべきでは無い。
しかし、その犯行動機には、深く同情出来るし、理解も出来ちゃうのです。

数字に答えを伺おう

数学を失くせば青少年の犯罪は減る。
漫画、アニメを規制すれば青少年の犯罪は減る。

推論や論説はもう要らないので、いい加減数字で見せて欲しいですよね。
物事が数値化され、感情の入る余地の無い数字の美しさが、何が正しいのか事実だけを浮き彫りにしてくれるでしょうから。

渚は次々と数学復権を望む凶悪なテロリスト達の心を救ってきました。
数学への愛情を示す事によって。
何れは高木も自らの過ちに気づき、数学を復権するにはどうすればよいかという問に対する正しい道を見つけるのかもしれません。
今、僕ら漫画好きが求めるのも渚の様な存在なのかもしれません。
深い漫画への愛情を示し、規制派を懐柔してくれるリアル渚に現れて欲しいものです。