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アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

「たまこラブストーリー」 感想

映画

この記事は

「たまこラブストーリー」の感想記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

非常にむず痒い感じ。
やりたい事とか伝わってくるんだけれど、イマイチ感情を揺さぶってくれないもどかしさ。
この映画を見て、つくづくTVシリーズはもうちょいとどうにか出来なかったのかなと思わずにはいられなかったり。
2クールくらいあったら、また全然違った気がしますね。

雑感

TVシリーズから恋愛要素は中心にデンと居座っていました。
デラが商店街に流れ着いた理由からそうだし、もち蔵のたまこへの片思い具合もしっかりと十分に描かれていた。
けど、どうしてもラブの無いコメディという印象が強く出てしまったのは、やはりデラのアクの強さかなと。
あのキャラクターは強烈でしたからね。
わざと子細な説明を避け、「細かい事は気にすんな」スタンスで最後まで貫かれていたけれど、やっぱり気になっちゃう(笑
一体全体お前は何者なんだという視線で見てたら、いつの間にか最終回を迎えていて。
たまこ達の心情以上にデラ1羽(?)に持ってかれた感が強かった。

今回の映画の扱い的にも、デラ達は「居なくても良かったんじゃないか」と思いつつも、居たとしても、デラの存在感以上のドラマを見せてくれてたらなと。
2クールあったら、デラを出しつつも、たまこ達のドラマにドップリと浸れたのではないか。
すると、この映画も感動で胸いっぱいに見終わる事が出来たんじゃないかな…というのが率直な気持ちです。

いやいや、もっと真剣に見直せば、しっかりと感動出来ていたのかもしれない。
作品のせいにするのは良くありませんね。
視聴態度を振り返って反省します。

さてと。
たまことひなこともち蔵とお餅の関係性について、今作から感じ取った事を書いてみます。

たまこがお餅に投影してる人の変化

たまこはお餅が大好きです。
この映画では、「何故好きなのか」がしっかりと描写されていました。
たまこにとって、お餅は母・ひなこの象徴のようなモノだったんですね。

嘗て母の死に沈んでいた時、豆大が演じてくれたお餅の精(作中でどう表現していたか忘れてしまいましたので、取り敢えずこう書かせてもらいます。)。
このお陰で「嫌いだったお餅」が「母を重ねられる食べ物」となり、好きになった。

たまこが語るお餅への愛。
お餅のような人になりたいという理想を語る中、そのバックで流れる母の思い出という演出は、たまこがいかに「お餅」と「母」を重ねているかが窺い知れます。
思い返せば、彼女が考える新作餅のアイディアはどれもこれも女性を連想するモノばかり。

お尻餅にオッパイ餅。
こういう部分からも、お餅に母性を。母・ひなこを重ねているんだという事が推しはかれるんです。

しかし、もち蔵の告白によって、この関係性が崩れていきます。
大好きな筈の餅を避け始めるたまこ。
お弁当に入れて来なかったり、日課の手伝いも出来なくなり…。
そうそう。
手伝いと言えば、豆大が「ひなこが亡くなってから、毎日手伝っている」という主旨の台詞を口にしておりました。
ひなこが亡くなったのが、たまこが小5の時。
ですから、約7年も1日も欠かさず手伝っていたんですね。
「変態餅娘」のあだ名は伊達ではありませんね。
学生しつつなので、相当大変な筈です。
たまこの餅への愛の深さが伝わってくる言葉でした。

そんな大好きな餅を避けていくのは、少々不思議ですよね。
告白された同様からもち蔵を避けてしまうのは理解出来るんですが、何故餅まで。
名前が似てるから?
そう視聴者を誘導するようなシーンは確かにありました。
何から何まで「もち蔵」に変換してましたしw
「紅白もち蔵」とか「もち蔵焼いてくる?」とかギャグとして処理されてましたけれど、これらは目隠しと捉えてました。
「まだ視聴者に教えたくない事実を隠ぺいするための目隠し」

物語も終盤に差し掛かると、たまこの記憶に間違いがあった事が分かります。
「お餅を好きになった切欠」であり「お餅と母を結び付けていた思い出」が、父・豆大ではなく、もち蔵によるものだったという事を思い出した。
意識下でこの事は認識していたのかもしれませんよね。
だから、もち蔵を避ける事と餅を避ける事は、たまこにとっては当たり前で深く連動していた事だった。

結局たまこともち蔵の関係って、今も昔も変わらなかったという事なのかなと。
たまこ自身ハッキリと意識してなかったけれど、餅を好きだという気持ちは、もち蔵を好きだという気持ちと同じだったんだと。
もち蔵の告白によって、改めて彼との関係性について考えて、ようやくその事を認識できた。

お餅を媒介にして、母への気持ちを上手い具合にもち蔵への気持ちへとスライドさせる。
たまこが語っていた理想の人物は、母でも有り、もち蔵でもあったのでしょうね。
彼女が彼を想うのは必然に感じれるし、その気付かせ方も巧みであり面白い。

シナリオとその意図を上手に伝えてくれる演出は、本当に伝わってくるんだけれど(といいつつ、この解釈が正しいという保証は一切無いんですが…)、もう1つ・今一歩と感じちゃうのは、キャラの印象が薄かったからなのかなって。

終わりに

かんなが相変わらず最高だったので、割と満足はしてます(笑

うんと。
決してつまらないという訳では無いです。
何も考えずに堀口悠紀子さんの絵を、これでもかと云う位可愛らしく動かす山田監督の作る映像を見に行くというだけでも相応の価値はあります。
シナリオだって、お餅を活かした心情描写は面白い。

けれど、全体的に今一歩と感じちゃうのは、どうしたものか…。
僕の作品に対する愛情が足りないんだろうな〜。
TVシリーズを深く愛している人にとっては、最高の映画だと思います。