アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

「こち亀」 超長期連載が生んだ弊害〜2つの相反する特徴について〜

この記事は

「こち亀」の記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

「こち亀」も今年で連載36周年。
長い!!凄い!!
僕なんかの人生よりも長く連載している漫画。
「ジャンプ」には欠かせない作品であると思うんです。

「ONE PIECE」や「NARUTO-ナルト-」等看板勢よりもある意味大事だと思うし、無くなってはならない作品であるとも思う。
不謹慎な話ですが、秋本先生が描けなくなっても、アシさん達などで半永久的に。
これはすみません。言い過ぎですね。
ファンにとっては、秋本先生以外の描く「こち亀」は最早別物でしょうし、そんな事になるくらいなら終わって欲しいと思う方が大半な気がします。
なので、連載終了後は、「傑作選」として再掲載を続けても良いんじゃないかなと。
「コロコロコミック」でいう「ドラえもん」の立ち位置ですね。
既に充分なストックがありますし、可能だと思う。
そういう事をしてでも「ジャンプ」がある限り続いて欲しい作品でもあるんです。

でも、そんな「こち亀」も連載が長くなればなるほど内在する問題点を無視できなくなってくるんじゃないかなと。

キャラ達の年齢

ちょっと調べていたら、恒例のwikipediaに探していた事がまんま書かれていたので、いつもの如く転載させて頂きます。

登場人物の年齢について、コミック133巻「教えて両津先生」などによると、一部を除いて、全員不明で年を取らないとしている。
なお、「教えて両津先生」で両津(作者)は「漫画の世界には現実を超えた、独自の時間が存在する」と言う趣旨で発言している。

このようになった原因として、作品が超長期連載となったため、登場人物が連載年数と同じように加齢すると、連載が不可能になってしまうためである。
例えば、大原は作品初期では1924年生まれの元陸軍軍人であるが、これを実際の年号に当てはめると、大原は1984年をもって警察を定年退職してしまうことになるので、ストーリーの前提が崩れてしまう(同様に両津は1943年生まれであり、こちらも幹部クラスにならない限り2003年で定年となる)。
そのため、戦前生まれ→戦中生まれで学童疎開→戦後生まれの団塊の世代等徐々に設定を変更している。

なお、1976年の連載開始時から1982年までの6年間は各キャラともリアルタイムで加齢しており、その最終期においては、両津39歳、中川25歳、大原58歳、麗子23歳に達していた。
ただし、メインキャラの加齢が停止した後も、登場人物の設定年齢を作品中に明確な描写なしで急に引き上げたり、子供のある程度の成長を描く場合もある(部長の娘夫婦「角田一家」が代表例)。
ソース:こちら葛飾区亀有公園前派出所の登場人物#登場人物の年齢について

「こち亀」の年齢設定に関してです。
単純な「サザエさん時空」という訳では無く、結構複雑怪奇であります。

また、作中の年代もリアルタイムと同期しているような描写が節々で見られます。
最新の流行や時事を俊敏に取り入れて、ネタとするのは最早「こち亀」の特徴の一つと言えます。

長い事連載している訳なので、これってまあ当然の事ですよね。
ストーリー漫画と違い1話完結のギャグ漫画なのですから、どんどんと新しい事を取り入れないとネタが尽きてしまう。
だから、最新の時事ネタ等々を絡ませるのは納得いきます。
年齢に関しても、wikipediaでも触れられているように、適当に調整しないと設定的に連載が続けられなくなってしまうから仕方ない。
一部のキャラの年齢が進むのも、ネタ作りの一環とも見做せる。

ただ、これを行う限り次第に剥離していく事柄があります。
wikipediaより、更に上の続きを転載します。

さらに複雑なのがアニメ版で、時々両津の30年前の思い出話が存在するが、小学5年生として登場する両津は、30年後40〜41歳になっていることになる。
かつては昭和30年代が中心となっていたが、年齢設定上2000年代以降では昭和40年代が中心となっている。
そして、原作では両津の昔話で、1980年代に発売されたコミックスから現在まで多くの話が存在する。
劇中、両津もこのことについて時々触れている。

「こち亀」に於ける特徴として、上記で挙げた点以外に「昭和ノスタルジーに浸れる両津の下町思い出話」というのがあります。
問題はこれなんですよね。

このまま連載が続くと「両津の少年時代が昭和30年代」という大切な設定にカバーしきれない矛盾が生じてしまう。
これが大問題。

相反する2つの特徴。どっちを採るか?

「こち亀」の良い所として、郷愁感を誘う昭和を回顧するエピソードであると個人的には思っています。
東京生まれでも無ければ、昭和50年代後半生まれの自分には、愛着なんて無い土地の知らない時代のお話なのだけれど、読むと懐かしい気分に浸れる。
だから好きですし、このような話が出来るのも、両津が少年時代を昭和中期に過ごしたからです。

だけれど、連載が長期に亘った事でこの根幹部分の設定も有耶無耶になってきました。
連載当初は1943年生まれだった両津も、一時期は52年生まれに設定が変えられてしまい…。
終いには2000年代に入ってからは、1970年代生まれと思われる描写が出て来て…。

リアルタイムの時事や流行を取り入れる事を優先し、両津の生まれを変えていくのも、それはそれで良いのかもしれない。
僕からしたら「平成生まれ」になった両津勘吉なんて想像だに出来ませんが、今の若い読者やこれからの世代の読者にとっては、親しみが湧きやすくなるでしょうし。
寧ろ「少年漫画」としては、その方が良いのかもしれません。

でも、僕と同年代、ましてや連載初期からファンを続けている方々にとっては、そうなったらもう完全に別物に感じる筈。
子供の頃の回想エピソードで「PS2で遊んでいた勘吉」とか出てきたら嫌ですものw

何よりそんな事になったら「少年漫画」としては良くても、「こち亀」という一つの作品からしてみたら、やはり大問題。

秋本先生自身、この辺の事に関しては悩まれているのかもです。
両津の設定やこの辺の事は有耶無耶にしたり、作中で自らキャラにツッコませたりしてますので。
でも、それもそろそろ限界が近づいている気がします。

先にも書いたように、先進の話題を取り入れる事は大事です。
これもまた「こち亀」の正しい一面であると思う。

「昭和ノスタルジー」(昔は「ちょっと昔の懐かし話」という認識であったと思うけれど)を採るか「常に新しい流行や時事を取り入れていくか」を採るか。
相反する2つの特徴の取捨選択をする時は近いように感じます。

いっそのこと「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」のように"時代を止めて"も良いと思う。
そうすると、流行や時事を取り入れる事は適わなくなるけれども、内部に抱える問題は解消できる。

まあそれはそれでこの漫画らしくはないかなと思ってしまうけれどもw
両さんのパワーでこんな問題も力づくで何とかなりそうで、現実的にはそれが一番可能性としては高そうです。