アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

2つのアイマスアニメ第1話を比べてみて。

この記事は

「アイドルマスター XENOGLOSSIA」、「THE IDOLM@STER」第1話の感想記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

「アイドルマスター XENOGLOSSIA」を見ました。

アクトビラにて、第1話を視聴しました。
そこで、ちょっと思う所がありましたので、去年やっていた「THE IDOLM@STER」第1話と比較して、2つのアニメについて簡単に書いてみようと思います。

尚、両作品とも第1話しか視聴しておらず、原作ゲームも未プレイである事を最初に記させて頂きます。

「アイドルマスター XENOGLOSSIA」第1話

一部のアイマスファンから黒歴史扱いされているらしい本作。
一体何故なのか…というのは、ちょっと調べてなんとなく察しました。
まず、作品の顔ともいえる13人のアイドルたちが全員出ている訳では無い事。
wikipedia見る限り10人程しか出ていないのかな。

※2012年6月13日追記
はてぶコメントにて、出演していない3人に関する情報を頂いていました。
「XENOGLOSSIA」のwikipediaを見ましたら、
「本作はアーケード版に準拠しているため、Xbox360版以降の追加メンバーである星井美希・四条貴音・我那覇響の3人は登場しない。」
という記述がありました。
完全に僕のミスです。訂正させて下さいませ。(記述はそのまま残しておきます。)
ご指摘ありがとうございました。

これではファンが離れても仕方ないのかなとも思いますし、でも、それ以上に反感を買ってしまった理由がジャンルから完全に改変してしまった点なのでしょうね。
このアニメの発表前、ファンの誰が「アイマスでのロボットもの」を想像した事でしょうw
原作とは180度かけ離れたジャンルで、出て来るキャラも偏ってしまっている。

受け入れられないファンがいて当然だと思いますが…。
ファンでも無い僕からすると、実に面白い第1話でした。
なにが面白かったのか。

「アイドルマスター」に作品としてきちんとした意味を持たせた事  
です!

正直ただの「名前貸し」程度だと思っていたのですね。
「アイドルマスター」という原作のタイトルだけを冠している。ただそれだけなのかと思っていた。

でも違った。
「アイドル」という名前のロボット(?)という設定を作って、その「マスター」になる少女の物語という意味を持たせていた。
これには笑いましたw
全く想像外の設定で、でもここから作品の意気込みというか、本気度が伝わってきて。

いや、だって先程僕が書いた「ただタイトルを冠するだけ」という事をしたって問題無い訳なんですよ。
わざわざ新たな意味を作る必要が無い。
でも、このアニメのスタッフは、きちんと意味を与えて、意味のあるタイトルにしていた。

ただの思いつきだけで原作とは違った作品にしたという訳では無く、考えて考え抜いて最低限の「必然性」というかファンに対する「誠意」を示しているというか。
ようはタイトルの解釈の違いなんですよね。

本家アイマスは、字面の通り「タレントとしてのアイドルをマスターする」とかそういう感じですよね。
正式な意味合いは僕なんかには分からないけれど、そんなに外れてはいないんじゃないかな?
で、このアニメだと「アイドルというロボット?を操縦する者」とかそういう感じかな。
勿論こっちの「アイドル」は、なんかの英単語の頭文字を繋げた造語らしいですが、"新たな言葉"を作り出してでも、新しい解釈を提示している。

しかも本気で。
1話を見た限り、正統なロボットアニメをやろうという気概が十二分に伝わってきました。
本気で、真面目に作られたであろう作品なので、これもまた「アイマス」の新たな魅力を引き出そうとされた結果なのかなと思いました。

あ〜、そうそう。
このアニメ、オリジナルキャストでは無くて、声優さんも全とっかえしている感じですね。
これは、原作とは違うんだというスタッフからの気遣いなのかもですね。
声まで一緒だと、ファンからすればいよいよ無視出来なくなりそうですし。

この解釈が気に入らなかったファンには、とことん無視してもらう為の措置…とか考えるとちょっと邪推しすぎ?
こんな事考えちゃうのは、僕が声に異常にこだわるタイプだからなのかもw

「THE IDOLM@STER」第1話

という訳で、「XENOGLOSSIA」が「アイマス」という作品の別解釈だとすると、こちらは正式な解釈となるのでしょうか。
だとすると、第1話はこれ以上無いくらい素晴らしい第1話だったと思うのです。

なんといっても原作に於けるプレイヤーの分身である男性プロデューサーを、ドキュメンタリーのカメラマンとして登場させた点ですね。
これによって、視聴者は原作をプレイしている時に似た気分を味わえるのだと思うのですね。
ようするに男性プロデューサーに自分を投影できるようになっている。
彼に「名前」が無いのも、視聴者の写し鏡として描きたいという意向だったのではないかなと。

更には、このドキュメント映像という趣向を有効に活かしている。
13人という多人数のアイドルたちに1人ずつスポットを充てて、全員を均等かつ万遍なく紹介しているんですよね。
これって、普通の作劇では到底出来なかったと思うのです。
普通に描くと、どうしてもストーリー進行を軸にしないといけないから。
キャラを掘り下げる時間が削られてしまう。

その点もドキュメンタリー映像ならば、問題無い訳で。
ストーリーなんて無いようなものですしね。たった一言「ドキュメンタリー映像を録っている」という事を示すだけで成り立つ。

てなわけで、たった1話で13人ものキャラを紹介して、軽く掘り下げている今作は、すんごく素晴らしかったと。

まとめ

結局どっちの作品も「アイマス」という作品への愛に溢れているのではと思います。
「THE IDOLM@STER」は言うまでも無く。
特定のキャラにスポットを充てるのでは無くて、13人全員を「メインヒロイン」に据えているような作りが素晴らしい。
全てのファンを納得させるだけの作劇で、その期待に十分応えられているとも思います。
1話しか見ていない僕が言う様な事では無いですが…。
いや、いつか全話見ますとも。
本放送時は、ノイタミナを優先させてしまったんです…。決して見たく無かった訳では無いので。


で、「XENOGLOSSIA」は原作に全く新しい解釈を入れて、別作品にしている。
ただの別作品ならば、原作ファンから批判されても仕方ないと思うのですが、「新しい側面を魅せるんだ」という気概と本気が伝わってくるのがタイトルから伝わってくる。
だから、こういうのもアニメ化としてはアリなんじゃないかなと思います。
原作ファンでは無いからこんな事言えるのでしょうけれど、でも、そう思ってしまいました。

既に同じ事を書きましたが、やはり原作の懐が深いから、こういう全く違ったアニメが出来るんでしょうね。
「XENOGLOSSIA」も十分アイマス愛に溢れたアニメなんじゃないかな。