アニメな日々、漫画な月日

アニメ、漫画の感想・考察

「ブラック★ロックシューター」 第3話 油絵キャラと水彩画キャラ

この記事は

「ブラック★ロックシューター」に関する感想と考察記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

実にアニメらしいアニメ!

いや〜。難しいですね。このアニメ。
最近1話で置いて行かれるアニメを多く視聴していますが、この作品もまたそんなアニメで。
全力で置いて行かれちゃいましたよw
僕はそもそも「BRS」が何なのかすら知らず、仲良くなった(と勝手に思っている)ブロガーさん達から背景を訊いたくらいの知識しかありませんでしたので、本当に困惑したものです。
でも、2話で「マトの世界」と「BRSの世界」を切り離して見れば良いという事に気づいてからは、グッと楽しく視聴出来ています。

さてさて。アニメに何を求めるか…アニメのどこを重点的に見るかというのは人によって様々だと思います。
アニメーションのキモは、やはり絵(動画)でしょう!という方もいれば、動きよりもシナリオ重視という方もいるでしょうし、声優さんの演技目当ての方。
はたまた、一つの映像作品としての演出に深い関心を寄せながら視聴している方も居るはずです。
僕は、アニメーションの「絵(動画)」と「シナリオ」両方に着目しています。
どちらか一方でも抜け落ちていてもダメだと思っているのですね。
(どっちかというとシナリオに重点を置いて視聴している嫌いはありますが)

そんな僕にとっては、このアニメは実にアニメらしいアニメだなと感じています。
「マトの世界」でシナリオの楽しさを、「BRSの世界」で絵(動画)の楽しさを。それぞれで楽しめているからです。
先程2つの世界を切り離して見ていると書きましたが、こういう観点で分けているのですね。

「マトの世界」は、友情の物語でしょうかね。
キャラの感情を追うのが楽しくて仕方ないパートです。

対して「BRSの世界」は見ているだけで楽しいパート。
アニメにしか出来ない絵をバンバン見せてくれて、ものすっごく動く。
台詞が無い為、「どうして戦っているのか?」とか背景や相互関係などを考えないで、ただスンバらしい絵を眺めていれば良い。

2つのパート、それぞれに楽しみを見出して視聴出来ているので、ここまでは楽しくて仕方ない。
ですが、この3話で一転してきましたね。
2つの世界が混ざり合い、交差していくような気配が窺えました。
この先どうなっちゃうのでしょう。また、置いてけぼりを喰らうのでしょうか?ちと不安ですw

んでですね、その前に今回気になる部分がありましたので、そこについて言及してみます。

油絵と水彩画

学生時代油絵を授業でちと齧ったことがあるのですが、にわか知識の上、間違っているかもなので一応ググってみました。
それでもまだ間違っているかもなのですが…。
この2つの絵の制作手法。僕は大きな違いがあると思っています。

塗り重ねが出来るかどうかです。

油絵にはグラッシ(グレーズ。グラシ)という手法があり、これは乾いた色の上に別の色を載せて深みや輝きを与える事が出来ます。
ざっくりと書いてしまったので、詳細は異なりますが、ようは絵の具の層を幾重にも重ねる事で、色(絵)に深みなどを与える事が出来るという事ですね。

水彩画…と言っても此処で言っているのは不透明水彩の方ですね。
小学校とかで普通に使っていた絵の具を用いたものです。
この場合、重ね塗りでどうこうとは出来ない…と僕は思っています。(間違っているかもですが)
色を塗り重ねれば重ねる程、濁っていくイメージがあるのです。


この事とこのアニメにどんな関係があるのか?というと、何もありませんw
ただ、僕の勝手なイメージのお話です。
「油絵キャラクター」と「水彩画キャラクター」って書けば良いかな。
この2種類のイメージで作られているのが、このアニメだと考えているのです。


このアニメのHPを見て、最初にどーんと出てくるブラック★ロックシューター。

このイラストが実に油絵調に見えたのですね。
名前の通り真っ黒…という訳では無く、青がきっちりと主張していて、なんかいい感じの色になっているように見えます。
それと3話にて(1話でも出たかな?)ヨミが描いていたマトの絵が油絵(だと思うw)。

だから僕にとってブラック★ロックシューターとマトは「油絵キャラクター」なのですよ。
色々な経験。良い事も悪い事も。多くの事を体験しても、彼女らは全て自分の心の糧にしているのではないかな。
あまりにも抽象的な表現ですけれど、「体験」を幾重にも積み重ねて整理して「経験」に昇華させているイメージ。
そうやって心に深みと輝きを与えている。

対してヨミ、サヤ先生らは「水彩画キャラクター」。
他人の感情などに悪い意味で影響を受けてしまう存在。
「体験」を積み重ねる事が出来なくて、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせちゃう。
結果として悪い方、悪い方に物事を考えちゃうようなイメージ。


だから、今後の展開は、「水彩画キャラ」を如何にして「油絵キャラ」にしていくかが描かれるような気がしてなりません。
その為の前振りがこの3話だったように思うのです。

僕の中では木幡先輩は典型的な「油絵キャラ」でした。
保健室での彼女の台詞がそれを象徴していたと思っています。
そんな彼女が「水彩画キャラ」であるサヤ先生に「水彩画キャラ」へと変えられてしまったのかなと。
木幡先輩を元に戻す⇒「油絵キャラ」に戻す事。
これが描かれる事になるでしょうし、だから上記のような結論に至ったのですね。

最後に今後の展開に関係ありそうな部分が、このアニメで重要なモチーフになっているであろう「ことりとり」の絵本。
マトが読みあげていた部分を抜粋してみました。

ことりとりの絵本より
ことりとりは いろんないろの そらをとんでいく
えがおのオレンジ かぜひきのピンク なみだのあお
いろんなせかいを くぐりぬけるたびに
そのみに いろんないろを まとっていく
きれいな にじいろの ことりとり
でも ことりとりは もっともっと いろんないろを みたくて
どんどん いろが まじりあって いろが にごっていって
そして

これは水彩画のイメージにぴったりの内容です。
最後の「そして」の後、その部分がこれから描かれるのだと思います。

色が濁ったまま、黒くなってしまうのか。
はたまた、色を重ねる事で心の輝き・深みを増すのか。
ことりとりの綺麗に色分けされた絵を見れば答えは出ていますよね。
きっと後者の展開になってくれるはずです。